【正欲】マイノリティな人々、ではなく、たった一人のあなた

たった一人との出会いが、孤独を救う

一人の人間の感情を他者が完全に理解することなんて、決してない。すべての人は、一人。どんなに思い合っていたって、性行為をしていたって、母親と子どもでさえ、二人が一人になることはない。細胞から肉体、思考、感情、すべてが異なる、別々の一人である。

一見それは寂しいことにも思えるけれど、だからこそ、ちいさな同じを見つけたとき、人はうれしくなるのだと思う。世界中全員と分かり合えなくたっていい。違う人だらけの世界で、たった一人でも深いつながりを感じられる人に出会えたなら。それぞれの一人は、この世界で孤独ではなくなる。

夏月と佳道は、そういう関係だった。一人と一人がつながる。そこに存在する愛は、なにも性だけではない。彼らは多くを理解し合い、共感し合える、特別な一人と一人だった。互いの存在によって、二人は世界に居場所を見つけ、少しずつだけれども世界に楽しみを見つけていく。

夏月が佳道に、とあるお願いをするシーンがある。彼女のお願いを受け入れた佳道は、「わかった。いや、わからないけど」と、やさしく笑いながら言う。簡単にわかったと言わない佳道のやさしさが描かれていた。

夏月の望みを叶えるため、二人はベッドの上で抱き合う。ずっとひとりぼっちだと思っていた二人が、つながる瞬間。一人じゃない、と思えた瞬間。そんな人に出会える奇跡を感じた。

私は最近「他者」について考えていたが、そもそも「他者」という言葉も、「自己」と「他者」という短絡的な二元論だったように思う。

「正欲」を観終えたいま、私が考えたいのは「他者」のことではなくて、「私ではない、すべてのあなた」のこと。きっと理解できないことのほうが多いし、共感できないことだって、たくさんあるだろう。また、私自身のことを理解してもらえないことも、当然あるだろう。

それでも、違いだらけのあなたと私が、どんな関係を築いたら、同じ世界でそれぞれ心地よく生きられるのか考え続けてみたい。そして、あなたも、私も、この世界の中で、深いつながりを感じられる人に出会えるといい。

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■正欲
監督:岸善幸
原作:朝井リョウ『正欲』
脚本:港岳彦
撮影:夏海光造
照明:高坂俊秀
録音:森英司
音楽:岩代太郎
主題歌:Vaundy「呼吸のように」
出演:稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香ほか
配給:ビターズ・エンド
公式サイト:https://bitters.co.jp/seiyoku/

(イラスト:水彩作家yukko

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東京在住。コピーライター。好きな映画は「ファミリー・ゲーム/双子の天使」「魔女の宅急便」。