【長崎の郵便配達】過去の過ちを省みず、加害の歴史に蓋をして、被害者の声を踏みにじる行為は冒涜にほかならない

海外で行われた登壇スピーチで、谷口さんは言った。

「NO MORE HIROSHIMA」
「NO MORE NAGASAKI」
「NO MORE HIBAKUSHA」
「NO MORE WAR」

谷口さんの背中の傷は、勲章なんかじゃない。「戦争」という大罪が罪なき人を傷つけた証であり、戦争の恐ろしさを彷彿とさせる“記録”だ。生き残った人が訴える「NO MORE WAR」を、明日殺されるかもしれない人々の「Help!」を、黙殺する側に甘んじてしまったら、誰一人救えない。

谷口さんの思い、ピーターの思い、イザベルの思い。3人が望む「世界平和」が、こんなにも遠い。しかし、だからこそ、この作品がつくられたことに意味がある。

イザベルは言った。「まるで私自身がある意味、郵便配達人みたい」と。伝えるべきメッセージを次世代に残す。そのためにできることを探し、精一杯取り組むイザベルの姿に希望を見た。メッセージを引き継ぎ、周りの誰かに伝える。その繰り返しの先に、イザベルたちが望む未来があることを信じたい。

「殺すな」

強い言葉だ、と思う。だが、もしも今自分が戦地にいたら。もしも我が子の頭上を軍機が飛び交っていたら、私もきっと叫ぶだろう。「殺すな!」と。それなのに、見知らぬ誰かの命なら奪われてもいいなどと、どうして思うことができるだろう。

“私は、忘却を恐れます。”

「ナガサキの郵便配達制作プロジェクト」公式ホームページに綴られた、谷口さんの言葉である。過去の過ちを省みず、加害の歴史に蓋をして、被害者の声を踏みにじる行為は冒涜にほかならない。

「NO MORE WAR」──谷口さんが語り続けた言葉は、いたってシンプルだ。誰もが明日に希望を抱ける世界。それだけを願い、生涯を通して反戦を訴え続けた谷口さんの言葉が、今こそ世界に届くことを心から願う。

──

■長崎の郵便配達
監督:川瀬美香
撮影:川瀬美香
構成・編集:大重裕二
音楽:明星/Akeboshi
出演:イザベル・タウンゼンド、谷口稜曄、ピーター・タウンゼンドほか
配給:ロングライド
公式サイト:https://longride.jp/nagasaki-postman/

<参考>
今も傷む背中の傷 目をそらさないで聞いて 原爆を背負って(1)(西日本新聞me)
「どうか目をそらさないで」 「赤い背中」谷口稜曄さん残したもの(朝日新聞デジタル)
ナガサキの郵便配達制作プロジェクト
「長崎の郵便配達」、被爆者に寄り添った元英空軍大佐の父 娘は封印テープ手に追体験(朝日新聞GLOBE+)
「ジェノサイド」を否定 イスラエル批判許さぬ米国の異様を読み解く(朝日新聞デジタル)
戦争は望まぬ、でも…ヒズボラと対立激化 ホロコースト生存者の思い(朝日新聞デジタル)
戦況が膠着「ウクライナ戦争」はロシア有利に〜両軍の戦死者は合計50万人以上との推計も〜(東洋経済オンライン)

(イラスト:Yuri Sung Illustration

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エッセイスト/ライター。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。書評『ダ・ヴィンチWeb』|映画コラム『osanai』|連載『withnews』『BadCats Weekly』など多数|他、インタビュー記事・小説を執筆。書くことは呼吸をすること。海と珈琲と二人の息子を愛しています。