兄と共にアメリカへ渡ったハリーは、NYコニーアイランドで“ポーランドの誇りにしてアウシュヴィッツの生還者”というキャッチコピーを掲げ、ボクサーとして活躍する。13勝という華々しい成績を収めるが、あるときを境に試合中のフラッシュバックに悩まされ、以降は敗戦を重ねてしまう。
その日も連敗記録を更新してしまったハリー。試合後、兄ベレツに連れられてバーへ赴く。ずっと調子を崩している理由を訊ねられると、「昔のことを思い出すんだ」とハリーは答える。けれどもべレツは「忘れろ」と繰り返すだけだ。
すると記者を名乗る男がおもむろにハリーに近づき、取材をしたいと申し出る。「君の人生に興味がある」と説得を試みる記者アンダーソンを、べレツは冷たく追い払う。そしてハリーに「だれに頼まれてもしゃべるんじゃない。絶対にな」と釘を刺す。
ハリーは、将校の“犬”だった。
収容所にいたとき、友人のジャンを守るため看守に反撃するハリーを見て、ナチス将校シュナイダーはハリーの”才能”に目をつける。そして収容所内で行われる賭けボクシングに、ハリーを参加させる。ハリーに多額の賞金を賭けることで荒稼ぎをするのが、シュナイダーの目的だった。
このボクシングには、非人道的なルールが設けられている。敗者は銃で頭を撃ち抜かれるというものだ。そんなルールのもとで、ハリーは勝ち抜いていく。自らの拳でリングに沈む同胞たち。殺戮される彼らを見るたび、ハリーの心は損なわれていった。それでも生き延びるためには、愛するレアと再会するためには、そうするほかなかったのだ。
もし、その過去を世間に知られたら、確実にユダヤ人社会から爪弾きにされる。ハリーがバッシング──二次加害を受ける。だからべレツは、取材に断固反対したのだ。しかしハリーには、ある企みがあった。次期チャンピオンと名高い剛腕のボクサー・マルシアノと試合をして、勝利するというもの。それが叶えば、まず間違いなく広く報道されるだろう。そうなればレアの目に留まるかもしれない。マルシアノの気を引いて試合を組むために、ハリーは記者アンダーソンの取材を受け、おぞましい過去を世に公開する。