【アウシュヴィッツの生還者】戦争の「その後」に想いを馳せ続けること。

ハリーの思惑通り、マルシアノは試合のオファーを受ける。そしてふたりの対戦が決まった。ハリーのボクシングの技術は、それほど高くない。感情任せに相手を殴りつけるやり方だから、勝ち目はほぼ0だ。周囲の協力のもとトレーニングを重ねるが、やはりハリーは負けてしまう。これを機にレアを探すことを諦め、引退を決意する。

引退後にハリーは、移民サービス(移民が知人や家族と再会できるようにする政府機関)のスタッフ・ミリアムと恋仲になる。ミリアムはレアの捜索にずっと協力してきた人物であり、彼女もまた太平洋戦争で愛するひとを喪っている。自身の境遇をハリーに重ね、献身的に寄り添い続けていた。そんなミリアムを愛するようになったハリーは、言う。「僕のレアを受け容れてほしい。ぼくは君の婚約者を受け容れる」と。

やがてふたりは結婚し、子を授かる。ハリーは長男のアランに、過剰なほど厳しい。見るからに線が細く聖書や讃美歌を好むアランに、ボクシングを強要する。ミリアムは咎めるが、しかしハリーは「殴れなかったら自分の身を守れない」と聞き入れない。けれども「なにから守るの?」とミリアムに問われても、ハリーは口籠るだけだ。それはハリーの抱える強迫観念から来るものに過ぎないから。

父から嫌われていると思い悩むアランもまた、戦争の、迫害の、ホロコーストの被害者だ。しょっちゅう夜中に知らない言語──ポーランド語で呻く父に、怯えと戸惑いを覚える。「話してあげて」とミリアムは諭すが、ハリーは自らの闇を愛する息子と共有したくないと拒絶する。そしてミリアムは気づいていた。まだハリーが自らに打ち明けてくれていない、重大な秘密を抱えていることに。

愛ゆえにトラウマを押し付けてしまう父と、そのせいで愛されていないのではと苦悩する息子。これも戦争の「その後」なのだ。ごく個人的な、親子関係にまで、戦争は影響を及ぼす。

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S H A R E
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ライター。修士(学術)、ジェンダー論専攻。ノンバイナリー(they/them)/日韓露ミックス。教育虐待サバイバー。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。