【LAMB ラム】幸せで残酷なおとぎ話の世界

むかしむかしあるところに

子供の頃、眠れない時はおとぎ話を聞かせてもらっていた。「シンデレラ」や「赤ずきん」、「ヘンゼルとグレーテル」は諳んじられるくらい好きな話だった。
登場人物たちはいくつもの試練を乗り越えながら、最終的にはハッピーエンドを迎えるのがおとぎ話の定石だ。不思議な魔法や都合のよい展開も、ハッピーエンドへと物語を運ぶためには欠かせないものだった。

アダを迎え入れたことで、夫婦の幸せな暮らしが幕をあけた。
絶えず明るい、日々の境が曖昧になった白夜の中で、白昼夢をたゆたうようにアダを大切に育てる夫婦の様子が映し出される。
時間旅行に関する食事中の何気ない会話の中で、「過去にも戻れる?」と問うマリアの真剣な表情。納屋に眠っていた古びたベビーベッド。ふたりがアダという異形の羊人間をすんなりと受け入れられたのは、最愛の子供との別れという深い喪失を経験していたからだった。 

かわいそうな夫婦に神様からのプレゼントがやってきたのだ。と、おとぎ話の世界なら都合よく解釈されるだろう。だが、アダは空から降ってきたのではなく、一匹の羊から生まれたのだ。

おとぎ話たらしめるために

「メェ〜〜〜〜メェ〜〜〜〜〜」と、幾度となく夫婦の家の前で悲痛な叫び声をあげるのは、アダを産んだ母羊。我が子はどこだ、我が子を返せと、毎日のように訴えかけている。

母羊の声を聞くたびに、本当の母親がいることを突きつけられるマリア。アダを連れ去ったり、いくらあしらっても鳴くことを止めない母羊に、マリアはついに強硬手段に出る。

「本当は怖いグリム童話」が一時期流行っていた。そこには平和でハッピーなおとぎ話の裏側での、人間の残酷なおこないが描かれていた。見てはいけないものを見てしまったような、赤ちゃんはコウノトリが運んできたものではないと知った時のような、ほの暗い快感を刺激する裏話たち。「シンデレラ」では、いじわるな姉がガラスの靴を履くために足の指を切り落としたというエピソードが有名だ。

マリアはある朝、母羊の鳴き声で目を覚ますと、猟銃を手に外に出た。そして一瞬の躊躇もなく母羊の頭を撃ち抜いた。
自らの手を汚すことで、マリアはおとぎ話のような幸せを守ったのだ。

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S H A R E
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最近会社を辞めました。登山しながら、書きながら、暮らしていけたら最高です。