君たちはどう見たか、2023年下半期の映画

洋画の大作に対して、下半期一番の邦画の大作といえば「ゴジラ-1.0」です。大ヒットを記録した庵野秀明監督の「シン・ゴジラ」の後というプレッシャーを跳ね除け、現在も大ヒット中。山崎貴監督は「シン・ゴジラ」とは全く違うアプローチで、「特撮とVFX」、「現代と戦後」、「官主導と民主導」など対になるような真逆の設定をしてきています。舞台は戦後すぐの東京、復興の途中をゴジラに蹂躙されるという「ゼロなところを更にマイナスにされる」大惨事に市民たちが立ち上がるというドラマ。
主人公の神木隆之介はかつて特攻隊に所属するも、飛行機の故障を理由に任務をまっとうできなかった人物で、戦時中のトラウマを抱える男を演じています。その彼がゴジラを倒すことで、己の中に続く戦争に終止符を打とうとします。

偶然にもこの同じテーマを持った作品が、塚本晋也監督の「ほかげ」です。こちらは世界にも名の知れる巨匠の監督作品ながら自主制作のスタイルを貫くインディーズ作品。「ゴジラ-1.0」とは規模感が全く違うのですが、戦後のPTSDを抱えた復員兵たちの心の中に続く戦争に決着をつけていくという作品のテーマが重なります。本作では、それらを闇市で生きる女や戦争孤児の少年の視線から描いていきます。

ウクライナに続き、パレスチナでも戦火が収まらない今だからこそ観る価値があり、表面的なアクションやドラマ以外にも感じ取れる部分があるはずです。

日本映画では、北野武監督の「首」も話題となりました。「アウトレイジ」的な権力闘争を戦国時代に置き換え、本能寺の変に向かっていく狂気の織田家中をたけし流の笑いを交えて描き出す。曽呂利新左衛門(落語家の始祖とも言われる人物)を出してくるあたりはたけしが歴史通であることを感じます。お笑い芸人だからこそのキャラクター設定が見どころでした。

ベテランでは岩井俊二監督も新作を発表。「キリエのうた」は歌手のアイナ・ジ・エンドが主演、ストリートミュージシャンのキリエを演じました。古今東西の名曲を様々歌うのでアイナファンは歌でも魅力を堪能できます。現在と過去が交互に映し出され、やがて何があって路花はキリエと名乗るようになったのかが見えてくるというミステリー仕立ての作りも秀逸でした。「Love Letter」や「ラストレター」を作ってきた岩井俊二らしい作品。

それに呼応するかのような作品が「市子」です。恋人にプロポーズされた直後に姿を消した市子。彼女の過去を切り取っていくうちになぜ違う名前を名乗っていたのか、どうして姿を消さなければいけなかったのか、その切ない理由が分かってきて背景にある社会問題も炙り出していくというミステリーながら社会派の良作となっていて、主演の杉咲花は代表作となるほどの名演でした。

その他、石井裕也監督は同月に連続で監督作を公開。「月」は、障害者施設で起こった無差別殺人事件をモチーフにした辺見庸の原作の映画化で、シリアスで重厚な社会派の作品。宮沢りえ、オダギリジョーに加えて今年映画出演が目覚ましい磯村勇斗が難しい役どころを演じています。作家である主人公自身の境遇と施設の現実が、キレイ事では済まされない事実を上手く表現していました。

その一方で、「愛にイナズマ」は思いっきりコメディ。松岡茉優演じる映画監督志望の映像ディレクターが悪徳プロデューサーに企画を台無しにされたことで復讐を企てます。クセが強い疎遠な家族を集めて映画を撮ろうと画策、石井裕也監督の持ち味でもある家族の話です。

こちらもコロナ禍で不要不急と言われた映画の逆襲とばかりにコロナ禍での出来事を揶揄した社会への問題提議になるんですが、アプローチが全然違うところが面白い。

多様性を反映した作品では、朝井リョウ原作の「正欲」も一風変わった切り口の今どきの作品。水を偏愛するという他者からは理解しがたい嗜好を持つために孤独を感じていた女と男が偶然にも奇跡の出会いを果たす。世の中に馴染めず生きる意味を見出せなかった二人がようやく分かり合える人と出会う。恋愛とはまた違った繋がりだけどお互いに必要な相手で、「万引き家族」の擬似家族のように世間の常識では測れないけど、確かにそこに存在する絆を見事に表現している作品でした。

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S H A R E
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移動映画館キノ・イグルー。全国で映画イベントいろいろ。年間300本くらい映画やドラマを観てます。インスタやnoteでも映画ネタを発信中。