【山女】我々は“モノ”ではなく、尊ばれるべき個人なのだ。

「村さいたって、おれは人じゃねがっだ。だども、おれ、山でだばちゃんと生ぎれんだ」

人権を剥奪されていてもなお、凛は宿命に抗おうとしなかった。そんなこと思いつきもしなかった。しかし山男とふれあい、心を通わせるうち、その宿命はけっして「受け容れていいもの」なんかではないと気付いたのだ。自分は人間で、ひとりの個人として尊重されるべきで、理不尽に虐げられていい存在なんかじゃないと。凛は泰蔵を睨め付ける。生命を燃やす炎がゆらめく瞳で。

凛を「救い出したい」と考えているのは──ずいぶんと傲慢かつ浅薄だが──、もちろんのこと泰蔵のみだ。他の村人たちにとっちゃ、これ以上ない生贄候補である。そのため彼らは、なんとしてでも凛を連れて帰ろうとする。するとその騒ぎを聞きつけた山男がどこからともなく現れて、次々と彼らを「狩る」。けれども村人のひとりが放った銃弾で、山男は息絶える。

山に連れ戻された凛は、蔵のような狭い場所に軟禁される。村長らと「凛を生贄に差し出すのならば田畑を返す」約束を取り付けた伊兵衛は、真夜中、凛のもとを訪れる。生贄に選ばれたのは誉れなことだと、凛のおかげで田畑を取り戻せるのだと、そう言って柵越しに凛の好物を渡す。自らの罪を背負ってくれた娘を、そのせいで村を出ていかねばならなくなった娘を、だれよりも大切な存在を殺害された娘を、抱きしめるでも慰めるでも守るでもなく、その命までをも搾取する。凛は胡乱な目で父親を見やるが、しかし伊兵衛はそれに気づかない。

翌朝、儀式は決行された。魔女狩りさながら磔にされた凛の足元に火がつけられ、その眼前に巫女や村長らが座る。凛が無抵抗なのは、絶望の淵にいるからか、それともこの村で生きるよりは死んだほうがマシだと判断したからか。しかし盗人の女神は、凛を見捨てなかった。凛の宿命を跳ね退け、解放に導く。自由になった凛は、無言で歩き出す。畏れをなす村人たちを凛は一顧だにせず、まっすぐ、山へ帰っていく。

ただ被差別の属性に生まれついただけで、ただ「女」に生まれついただけで、なぜぼくも凛も、“モノ”として扱われなきゃならなかったんだろう。なぜだれもが、ぼくらの声に耳を傾けようともしなかったんだろう。ぼくの親族や凛の周囲の人間たちは、ぼくや凛には思想も主義も、痛覚もないと思い込んでいるらしい。思考しない、ただ呼吸をするだけの“モノ”。

だから彼らは、ぼくたちを都合のいいように扱う。踏みつける。排斥する。殺害する。それを外側から眺める人間たちは、“逆境に負けず不運に挫けず逞しく生きる存在”としてぼくたちを美化し、消費する。

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S H A R E
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ライター。修士(学術)、ジェンダー論専攻。ノンバイナリー(they/them)/日韓露ミックス。教育虐待サバイバー。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。