【山女】我々は“モノ”ではなく、尊ばれるべき個人なのだ。

凛も、そうだったのだろうか。働き手として求められながら、庄吉のように大事にはされない。そして同時にあの家の中で、凛は「妻」及び「母親」としての役割をも背負わされていた。どこにもぶつけられぬ怒りを物に当たって発散させる伊兵衛が鎮まるのをじっと待ち、愛しい弟に自分のごはんまで譲る。そういう役割を、凛は淡々とこなしていく。明確に拒絶反応を示していたぼくと違って。あの昏い瞳に、胸が軋む。

だから凛は立ち入ることが禁忌とされる山奥で、ひとの道理が通じぬ場所で、逆説的に人間らしさを取り戻すことができたのかもしれない。出逢った“人非ざるもの”として畏れられている山男は見た目こそ恐ろしいが、一晩中歩き続け疲れ切っていた凛に食べ物を分け与えた。それは山男が凛を、「対等な存在」と見做したからだ。貴重な食糧を躊躇なく見ず知らずの少女に譲る山男は、けっして化け物ではなかった。

やがて山男と凛は、生活を共にするようになる。共に焚き火を囲み、食事を摂る。見返りを求めているのではと邪推する凛は一度服を脱いで見せるが、しかし山男は応じない。そんなことのためにあなたを助けたのではないと、そう伝えるみたいに。

山男の長い白髪を、凛は丁寧に、慈しむように、梳かす。

言葉を発さず、ほとんど表情らしきものもない山男がいったい何を考えているのか。ぼくにはいまいちわからなかったけれど、きっと凛にはわかっていた。会話はいつも凛が一方的に語りかけるだけだが、しかしその顔は村で生活していたころとはまったく異なる。柔らかく穏やかで、安心し切っている。瞳が生き生きと輝き出したのは、焚き火の炎を映していただけではない。

やっと手に入れた安寧の日々を、しかしながら村人はほっといてくれない。村の巫女は「冷害を終わらせるためには、神様に若い娘を捧げる必要がある」とのお告げを下すが、村人たちは自らの「女」を差し出したくはない。互いに「おまえのとこだったらいいだろう」と擦り付け合うその様は、あまりに下衆だ。妻を、嫁を、娘を、「モノ」みたいに扱う暴力性。話し合いに参加するのも男衆のみで、その異様さに村人たちはどこまでも無頓着だった。そんな折、彼らにとっての”朗報”が入る。「山女」の目撃情報だ。

幾年が経ったのかは不明だが、伊兵衛は凛の失踪を「神隠し」だと流布していた。下民の、それも盗人の娘など、どうして捜索されよう。その身を案ずる者など、「神隠し」自体に疑念を持つほどに凛を気にかける者など、弟の庄吉と幼馴染の泰蔵を除いてだれひとりいやしない。「山女」はよもや凛ではないかと推察した泰蔵に乗っかり、村人たちは山へ向かう。見つけた凛に泰蔵は「帰ろう」と手を差し出すが、凛は突っぱねる。

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S H A R E
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ライター。修士(学術)、ジェンダー論専攻。ノンバイナリー(they/them)/日韓露ミックス。教育虐待サバイバー。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。