「今たとえどんなに悲しくても、あなたはちゃんと大きくなる。だから心配しないで。……今は真っ暗闇に思えるかもしれないけど、いつか、ちゃんと朝がくる。それはちゃんと、決まっていることなの」
鈴芽が、とある人物にかけた言葉だ。
「明けない夜はない」とか、「どんな辛さも永遠には続かない」とか、そういう類の台詞を、これまでの人生において何度も言われた。只中にいる人間にとって、それらの台詞は、ときに残酷だ。
「じゃあ、いつこの夜が明けるんだよ」
「永遠に続かないのなら、いつこの辛さが終わるのか教えてくれよ」
言われるたび、そう思った。でも、鈴芽がかけた言葉は、この人物が生きていく上で、必要なお守りだった。今このときにしか、かけてあげられない言葉だった。鈴芽にしか言えない言葉であり、願いであり、祈りだった。
「ちゃんと、決まっていることなの」
そう言い切ってもらえて、はじめて立ち上がれることもある。未来はあると、希望はあると、あなたは光の中で生きていけると、鈴芽はそう言った。それはきっと、本当は誰もが望んでいる未来で、誰もがかけてほしい言葉で、生きることを投げ出したいほど自暴自棄になっている人にこそ、届いてほしい言葉だ。
「場所を悼む物語にしたかった」と、新海監督はいう。その意味は、作品を鑑賞すれば自ずと理解できるだろう。
私は、東北の港町に生まれた。鈴芽が最後に行き着いた先は、私の故郷にほど近い場所だった。だが、それだけが理由ではなく、ほかの意味でも私は、本作に力を与えられた。
幼い鈴芽は、泣きながら母を探していた。そんな彼女と同じように、私にも今、探しているものがある。それは、「人としての尊厳」だった。大きく損なわれた自分の一部。粉々に砕けた欠片たちを、私は探し求め、彷徨い続けていた。でも、本作を通して気づいた。
どんなに損なわれても、災いがどれだけ降り掛かろうとも、私はどうにか息をしている。今日もこうして映画を観て、文章を書き、生きている。それは、要石のように私のそばに鎮座し、荒れ狂うものを抑えてくれる人がいるからだ。
だからこそ、このままでいいわけがない。私は、その人を要石にはしたくない。私はその人と、並んで手をつないで歩きたいのだ。
私に生まれたこの変化を、今だけのものにはしない。一時の感傷なんかで終わらせやしない。
私にも、扉を締める力はある。常世に通じる扉の話ではない。私自身の中にある、扉の話だ。私はもう、飲まれない。作中に登場するミミズのような渦がどれだけ暴れようとも、私はその扉を締め、しっかりと鍵をかける。
悼み、鎮め、謹んでお返し申す。お返しして、明日へ向かう。
鈴芽のように、「行ってきます」と顔を上げて一歩を踏み出す。その先にある未来は、きっと明るい。それは「ちゃんと決まっていること」だと、そう信じると、私は決めた。
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■すずめの戸締まり
監督:新海誠
脚本:新海誠
企画:川村元気
プロデュース:川村元気
キャラクターデザイン:田中将賀
作画監督:土屋堅一
美術監督:丹治匠
音楽:RADWIMPS、陣内一真
主題歌:RADWIMPS「すずめ feat.十明」
出演:原菜乃華、松村北斗、山根あん、深津絵里、染谷将太、伊藤沙莉、花瀬琴音、花澤香菜、神木隆之介、松本白鸚ほか
配給:東宝
(イラスト:Yuri Sung Illustration)