本書を朗読するイザベルの顔は、たびたび辛そうに歪む。祈りに満ちた表情で空を見上げ、自然の音に耳を澄ませる姿が印象的だった。父であるピーターが、なぜこの本を書き上げたのか。なぜ、谷口さんへの取材を重ねたのか。谷口さんが、どんな思いで父の取材に応えていたのか。それらがイザベルの心に染み込んでいく様子が、画面越しに見てとれた。
「ほんの一瞬で多くの命を奪ったなんて……その影響は何世代も何十年も、そして今もこれからも続く。ここで起こったことをよく理解しなければ」
鎮痛な面持ちでそう語るイザベルは、父と谷口さんの思いを引き継ぐべく決意を新たにする。
谷口さんの新盆に長崎を訪問したイザベルは、灯籠に“世界の平和”とメッセージを記した。だが、イザベルの願いは2024年の今も叶えられていない。多くの人々が世界平和を願っている。それなのに、世界には争いが絶えない。
イスラエルによるガザへの軍事侵攻は、1月14日に100日を迎えた。ガザの保健当局によると、市民の犠牲者は2万5千人にものぼり、そのうち1万人以上が子どもであるという。支援物資搬入の制限により深刻な飢餓状態が続くガザでは、年齢問わず大勢が飢えに苦しんでいる。戦時下の死因は、爆撃のみに限らない。
イスラエル北部でも、レバノンの親イラン組織ヒズボラとイスラエル軍の間で緊張が高まっている。国境地帯の住民6万5千人ほどが避難生活を余儀なくされ、戦争を是とする声も上がりつつある。ロシアによるウクライナ侵攻は、2月24日で丸2年が経過。2023年12月時点で、両軍あわせて50万人以上の戦死者が出たと推計されている。
太平洋戦争時、広島に落とされた原爆により7万3,622人が被曝した。うち10〜19歳の死亡者は1万5,543人にのぼる。長崎の原爆被爆者数は、4万9,684人。そのうち10〜19歳の死亡者は8,724人である。
どの国で起きた戦争も、どんな大義名分を掲げていようとも、命もろとも未来を奪われるのは、抵抗する術を持たない一般人ばかりだ。
2024年元日、SNS上で「殺すな」の合言葉が一斉に唱えられた。その一言に尽きる、と思う。もう誰も殺すな。もう誰も殺させるな。