【コンクリート・ユートピア】他者の権利より己の快適さを優先した結果としての、悲惨な終末について

無事に外部のひとびとを追い出したあと、まず住民が取り組んだのは、食糧確保の策だ。兵役経験者を集い、防犯隊を結成した。そしてヨンタクは、義務警察出身のミンソンを防衛隊長に指名する。圧倒的支配者かつカリスマ的リーダーに目をかけられたミンソンは、次第にヨンタクに心酔するようになる。

一方、看護師として医療隊に編入されたミョンファは、ヨンタクを胡乱な眼差しで見つめる。「アパートの住民だけが助かればそれでいい」というヨンタクの思想、それに賛同し窮地に陥ることをわかっていながら外部のひとびとを無慈悲に追い出した住民の正義に、嫌悪を示す。ひっそりと避難民を匿っている809号室のドキュン(防犯隊への加入を拒否して住民たちから反感を買う)を支援し、とある事情で家出をしていたが戻ってきた903号室のムン・へウォン(途中から加わったこともあり、ドキュンと同じく住民たちから反感を買う)にも優しく接する。

ヨンタクによって創り上げられたアパートのシステムは、まるで軍隊だ。防犯隊は追い出した避難民のむくろのあいだを縫うようにしてソウル市街を彷徨い、崩壊した家々やスーパーマーケットから食料を獲得する。追放後も生き延びた外部の人間たちと戦闘を繰り広げる様は、災害時というよりも戦時と表現したほうがよっぽどふさわしい。防犯隊は次第に過激化し、食糧のために人殺しも厭わないようになっていく。それがたとえ襲撃への防衛であったとしても、ミョンファは自らの夫が犯した蛮行を見過ごせない。「人を殺したの?」と詰め寄るが、しかしながらミンソンは「生き延びるためには仕方がない」とまるで聞く耳を持たない。“選民である自分たちこそが生きることを許された”、そんなアイデンティティがミンソンの内側に根を張り、人道に悖る行為すら正当化してしまう。

アパートは“イエ”、ひいては韓国社会のメタファーとも解釈できよう。儒教が深く根差した韓国には、家父長制が染み付いている。この“家父長”こそがまさしくヨンタクであり、ホモソーシャルに足を絡め取られて彼に追従してしまう=家父長の支配に疑問を持つことなく内面化してしまう次世代の特権男性がミンソンであり、それに抗うミョンファとへウォンがフェミニストである。

ミョンファたちによって家父長制の理不尽さと傲慢さを暴かれた途端、それはあっさりと滅びる。結局のところ生き延びるのは、差別にNOを突きつけたひとだけになる。支配と制圧と排斥への徹底的かつ一貫したNOこそが、結果としてミョンファを、そしてアパート外のひとびとを、延命に導いたのだ。「生きている限り生きていていい」、異常事態においてもそんな当たり前の事実を蔑ろにしなかったから、彼女は人の道を外れずに済んだし、他者から手を差し伸べてもらえた。

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S H A R E
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ライター。修士(学術)、ジェンダー論専攻。ノンバイナリー(they/them)/日韓露ミックス。教育虐待サバイバー。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。