【アンダーカレント】愛したいなら、相手の声に耳を澄ませなければならない。

どうして“双子”というものは、こうも神聖視されているのだろう。この世界の多くのひとが、“双子”は目に見えないとくべつな絆を持っているはずだと信じ込んでいる。同じ瞬間に同じ胎に着床し、同じ日に生まれ、同じ人物に虐待されていた。彼とぼくの共通点は、ただそれだけなのに。彼のことなど、ぼくはなにひとつ知らない。好きな小説家も、心酔する音楽も、よく手に取る服のブランドも、好物も。彼だってそれは同じだろう。ぼくのことなど、なにひとつ知らない。

それゆえに男──リリー・フランキー扮する怪しげな探偵、山崎の問いに、そこに込められた意図に、深く共感した。そして真木よう子演ずる主人公かなえの「長い付き合いなのだから、私は夫のことをわかっている」と言い切る傲慢さに苛立った。

映画「アンダーカレント」は、地元住民に愛されている銭湯・月乃湯の入口に貼られた「都合によりしばらく休業致します。」という紙を、かなえが剥がすところから始まる。亡き父から継いだ家業をしばらく閉じていたのは、かなえの夫であり共同経営者である悟が蒸発してしまったからだ。ある日とつぜん、なんの前触れもなく。動機も行き先もわからない、警察に届を出しても手がかりひとつ掴めない。

しかし銭湯を愛する地元民の声もあり、かなえは月乃湯を再開することに決める。銭湯の従業員はかなえと、幼いときからかなえのことを見守ってきたパートの木島だけだ。

悟が失踪して人手が足りないため、かなえは銭湯組合に頼んで働き手を紹介してもらう。そうしてやってきたのが、朴訥とした印象の男・堀だった。履歴書にずらりと並ぶ資格を見て「うちじゃなくても」と恐縮するかなえに、しかし堀は食い下がる。ここで働きたいのだと、奇妙なほど熱心に。そして住み込みだと堀が誤解していたことから、かなえの自宅──かつて悟と暮らしていた家で、ふたりは一時的に同居することになる。

その後スーパーで大学時代の友人・菅野(かなえと悟の同期であり、同じゼミだった)とぐうぜん再会したことから、話は大きく展開していく。

「なにがいちばん辛いって、彼にとって私は本当の気持ちを打ち明けられる相手じゃなかったってことなんだよね」

そうつぶやくかなえの顔に浮かぶのは、苦悶でも悲痛でもなく、純粋な困惑それのみだった。

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S H A R E
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ライター。修士(学術)、ジェンダー論専攻。ノンバイナリー(they/them)/日韓露ミックス。教育虐待サバイバー。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。