【幻滅】目先の快楽と自らの矜持を、天秤にかけずとも生きていけたなら

もの書きと一口に言っても、その実さまざまだ。それこそぼくたちライターだってもの書きだけど、エッセイなどの創作系ライターもいれば、なにかひとつのジャンルに特化したライター、検索性を上げるテクニックを駆使して人々が求める情報をよりわかりやすく伝えるWEBライターなど、挙げればキリがないほどに多くの種類のライターが存在する。

リュシアンは、創作を愛していたはずだ。しかしジャーナリズムの世界に足を入れた途端、世俗的でおよそ品性のかけらもない文章を大量生産するだけの書き手に成り下がった。これまでずっと、ひとの心を慰撫し、寄り添うために書いてきたはずだったのに。

「書く」という行為は、リュシアンにとって崇高なものだった。少なくともルイーズを愛していたときは。彼女に見捨てられ、後ろ盾を失くし、ジャーナリズムの世界に足を踏み入れ、シニカルでリズムの良い文体を評価され始めると、たちまちそれは名声を得るための──自らを排除した貴族たちへの復讐の道具でしかなくなった。

リュシアン自身、もどかしさは感じていただろう。だから出版業界のドンであるドリアの主催する会で、読んですらいないナタンの新作を酷評してしまう。自らを唯一笑わずにいてくれた、そして文芸の世界への案内人になろうとしてくれた彼を深く傷つけたとき、リュシアンはざらりとした罪悪感と共に、一種の高揚を覚えたに違いない。

勝つか、負けるか。
もてはやされるか、嘲笑されるか。

王党派と自由派が激しく対立しているこの時代、耳目を集め、論争の火種を撒き、金を巻き上げるジャーナリストたちは、自分たちに心酔していた。まるで世界を操る創造主にでもなったみたいに。だれかをこき下ろす出版前の原稿を、あえて使いを寄越し本人やその関係者に見せる。そして彼らは交渉するのだ──「あんたが金を払うんなら、絶賛する記事と差し替えるけど?」などと宣って。

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S H A R E
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ライター。修士(学術)、ジェンダー論専攻。ノンバイナリー(they/them)/日韓露ミックス。教育虐待サバイバー。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。