プロポーズを受けた女性が、翌日に忽然と姿を消した。恋人の長谷川は、彼女と関わりがあった人々と会い話を聞くことで、女性が背負ってきた悲しい宿命を知ることになる──。
監督は戸田彬弘。自身が主宰する劇団チーズtheater旗揚げ公演作品「川辺市子のために」を映画化した。主演は「湯を沸かすほどの熱い愛」の杉咲花。
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「離婚後300日問題」という言葉を聞いたことがあるだろうか。離婚後300日以内に生まれた子どもは、原則として元夫の子どもとして扱われる。そのため、たとえ実父ではないとしても、元夫を父とする出生届しか受理してもらえない。元夫が法的に父親とされることにより不利益を被る場合、母親が「我が子の出生届を出せない」ケースもある。そうなれば、その子どもは「無戸籍児」となる。これが、いわゆる「離婚後300日問題」である。
戸籍がない、つまり「法の上で存在しないことにされている」子どもが負う弊害は、とてつもなく重い。
映画「市子」に登場する主人公の市子は、上記の「離婚後300日問題」の被害者であった。市子の母・なつみは、元夫のDVが原因で離婚。その直後に授かった再婚相手との子どもが市子である。しかし、「離婚後300日問題」により市子は元夫の子と推定される(*1)。元夫のDVの影響を恐れ、なつみは我が子の出生届を出すことができず、市子は無戸籍児となった。
映画は、大人になった市子が恋人の長谷川からプロポーズを受ける場面からはじまる。市子は、彼の申し出に涙を流して喜ぶが、翌日突如失踪する。市子の身を案じた長谷川は、市子の足取りを探るべく、彼女に関わりのある人たちから順番に話を聴きに回る。
市子の幼馴染、市子の最初の恋人、市子の高校時代の同級生など、さまざまな人たちが語る「市子」という人物は、総じて仄暗い影を背負っていた。また、彼らは奇妙なことに、「市子」のことを「月子」と呼んだ。長谷川の中で、市子と月子の存在が交錯していく。やがて、母親であるなつみの元に辿りついた長谷川は、思いもかけない市子の過去を知ることとなる。