【帰らない日曜日】「書くこと」でしか魂は癒されなかった。

ポールは厭世的になってしまっていたのだろう。友を喪い、その恋人と結婚する自身を、その将来を、赦せなかったのだ。ジェーンとの行為で避妊を徹底していたのも、結ばれぬ運命にあるからではない。実際メイドに手をつける名家のお坊ちゃんなど山ほどいるだろうし、エマがポールを愛していない限り──ジェームズを今も愛している限り、黙認される可能性が高い。ジェーンを妾として養い、一生関係を続けることも不可能ではなかったのだ。けれどもポールがそうしなかったのは、自分の子孫をこの世に残したくなかったからではないか。

その晩、打ちひしがれるゴドフリーの妻・クラリーは、ジェーンを「幸せな子」と呼び、慈しむようにキスをする。「生まれたときにすべてを奪われ、失うものがない。この先もずっと。それはあなたの強みよ、武器にしなさい」。“持つ者”の傲慢とも言えるが、しかしこの言葉がジェーンの運命を決定づけ、人生の道しるべとなる。

それから24年後、1948年。46歳になったジェーンは書店員として働きながら、小説家になっていた。書店で出会った哲学者ドナルドと恋に落ち、やがて結婚する。ジェーンとドナルドが惹かれあったのには、ふたりのバックグラウンドも作用している気がしてならない。孤児のジェーンと、黒人のドナルド。ふたりともがマイノリティで、この社会では差別と排斥の対象になる要素を保持している。

過去の痛みごと抱きしめてくれるドナルドが隣にいたからか、ジェーンは〈あの日〉の出来事を小説にしようとしていた。けれども執筆は、思いのほか難航する。そんな折、ドナルドとも悲劇的な別れを迎えることになる。

残りわずかな時間、ドナルドはジェーンに「3つめの秘密が知りたい」とせがむ。ドナルドは以前、ジェーンに小説家になったきっかけを訊ねたことがある。ジェーンはそれに対し、「1つめは生まれたとき、2つめはタイプライター──それもポールのイニシャル“P”が打ちにくくなったものを譲り受けたとき、3つめは秘密」と答えていた。それでもジェーンは、ついぞドナルドに3つめを明かさなかった。クラリーより授けられた言葉から「失うものはなにもない、これから手に入れていくだけ」を信条としていたジェーンは、それをだれかと分かち合いたくなかったのだ。そんなことをしたら自分は、ぽきりと折れてしまうから。

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S H A R E
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ライター。修士(学術)、ジェンダー論専攻。ノンバイナリー(they/them)/日韓露ミックス。教育虐待サバイバー。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。