【帰らない日曜日】「書くこと」でしか魂は癒されなかった。

osanai 帰らない日曜日

小説家として活躍するジェーンの回想録。第一次世界大戦下のイギリスを舞台に、メイドとして働いていた1924年の初春の情事を振り返っていた──。
グレアム・スウィフト原作の『マザリング・サンデー』を、エヴァ・ユッソン監督が映画化。主人公のジェーンをオデッサ・ヤングが演じている。

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「書くしかなかったの」とジェーン・フェアチャイルドは言った。彼女の顔には美しい皺がいくつも刻まれており、まなじりに滲んだ涙がそれをいっそう際立たせていた。

死ぬより辛い記憶というものは、それなりに年を重ねた人間ならばだれしもが保有している。31歳のぼくとて例外ではない。

たとえば拳を振り上げる父の、鬼のような形相。怒声と、肉を打たれる感触。床に広がる吐瀉物に額を擦り付けながら「ごめんなさい」と謝罪したときの、饐えたにおい。
たとえば生まれて初めて見た、クロッチ部分に付着した茶色い血液。“女の子”ではないのに、身体がぼくを裏切った瞬間。
たとえば中学1年生の教室で巻き起こった“テポドン”コール。日本と韓国とロシアのミックスルーツであるぼくにつけられた、理不尽なあだ名。どっと沸いたクラス。冷たくなる心臓。

たとえば、たとえば、たとえば……。

思い出したくもないはずなのに、なぜだかぼくはこれらの経験を文章に写し続けている。昔からずっと。今まさにこの瞬間も。だからジェーンに一方的なsympathyを覚えたのだろう。

映画「帰らない日曜日」は、3つの年代が入り混じりながら進んでいく。どこの地点が現在で、どこの場面が回想なのか、その線引きは極めて曖昧だ。そのため最初のうちは混乱したのだが、次第に理解していく。そのどれもがジェーンにとっての〈現在〉なのだと。ジェーンの内側で、今もなお進行している物語なのだと。

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S H A R E
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ライター。修士(学術)、ジェンダー論専攻。ノンバイナリー(they/them)/日韓露ミックス。教育虐待サバイバー。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。