液体空気の爆発事故によって顔一面に大火傷を負った男は、周囲との関係もギクシャクしていることに思い悩んでいた。そんな彼が医師とともに、「他人の顔」になるためのマスクを制作することになる──。
映画「砂の女」に続き、安部公房の同名小説を勅使河原宏が映画化。脚本は再び安部公房が手掛けている。男を仲代達矢、その妻を京マチ子が演じている。
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もう5年、自分の裸を正面から見ていない。
浴室に鏡はあるけれど、私は必ず、その鏡に対して90度に立つ。
浴室から出るとすぐさまバスローブを羽織り、脱衣所の鏡の前に立つときも、必ず自分の裸が目に入らないようにする。
私の右胸には乳房がない。その代わりに、右わきからみぞおちにかけて斜めに大きな傷が横切っている。
そのことは見なくても知っている。
知っているから、見たくない。
私は自分を、直視できない。
映画「他人の顔」には、顔にケロイドのある二人の人物が登場する。
一人は、化学工場の事故で大火傷を負った男。
顔全体に包帯を巻きつけ、誰にも素顔を晒さない。
男にとって顔の喪失は自己の喪失であり、職場での威厳、妻の愛、自らの誇り ―以前の自分が持っていたもの― が皮膚と一緒に溶け落ちてしまった感覚に陥る。
自分の顔が醜いから人が離れていくのだと彼は言うが、そう発言する卑屈さこそが周囲の人を辟易させ、彼を孤独に追いつめていく。
醜い顔を一番嫌っているのは、彼自身に他ならない。
もう一人は、顔の右半分に大きなケロイドがあり、左半分は際立って美しい若い女。
包帯の男とは違い、彼女は素顔を隠す術もない。
それでも彼女に卑屈さはない。
傷を負いながらも他者に向ける優しさを持ち、勤め先の精神病院の患者や道端の子どもたちに無防備な微笑みを向ける。
しかし返ってくるのは、残酷な仕打ちばかりだ。
恐怖や嘲笑、憐れみが混じった、他者からの視線。
素顔を隠さず生きてもやはり、人は孤独に堕ちていく。

