あの可憐なケロイドの女に、もしも仮面があったなら、彼女はそれをかぶっただろうか。
仮面を着ければ、誰も彼女を傷つけない世界へ逃げ込むことはできたかもしれない。
けれど、彼女は他人になりたかったわけではないし、最期まで彼女のままであることを望んだ。
素顔のままで生きるのは、あまりに無防備で挑発的でさえある。
精神科医が言うように、「仮面を着けていない人などどこにもいない。剥げる仮面と剥げない仮面があるだけ」で、自分を守り生きていくために、どんな人間にも仮面は必要なものだ。
そう、あの女はファンタジーなのだ。
仮面を拒み、傷を負っても素顔を貫く人間など、現実には滅多にいない。
だからこそ、あの兄妹の物語は、誰かが見た悪夢のごとく唐突に差し込まれる。
攻撃にさらされた世界で、仮面を着けることを拒否した者がたどる道は、破滅しかない。その証拠に、女は髪を束ね、海へと入っていくのだ。
傷を負った二人。
男は共犯者を殺し、女は自分を殺した。
抜け出し得ない絶望の淵で、誰も殺さずにいる術はあるのだろうか。
手術の前夜、たったひとりの病室の鏡で、私は自分の裸を眺めた。
これが見納めだ。そう思って眺めた。
その日までの45年間、私は自分の姿が嫌いではなかった。
夏についた水着の跡が冬が始まる頃まで消えないほど日焼けしたやせっぽちの幼い姿も、スカートの丈は短ければ短いほどいいと信じて疑わなかった若い姿も、女性らしいと言えば聞こえはいいが、要は中年ならではのまるい肉づきになっていく姿も、決して嫌いではなかった。
乳房を失ったのは生きるためだし、そこには迷いも後悔もない。
それでも私は、自分の傷を見たくない。
5年前に私は、自分自身の外見と決別したのだ。
傷を見ないのは、私が自分を守る術だ。
誰も殺さないでいるための、私の仮面だ。
私は私を見ないけれど、右胸のない私を受け入れてくれる人がいる。
私が目を背けた傷を、彼らは恐れずに見つめてくれる。
仮面を剥がし合う存在がいて、そうして孤独は癒される。
──
■他人の顔
監督:勅使河原宏
原作:安部公房『他人の顔』
脚本:安部公房
撮影:瀬川浩
美術:山崎正夫
美術協力:磯崎新
造形美術:三木富雄
照明:久米光男
録音:奥山重之助
編集:杉原よ志
音楽:武満徹
出演:仲代達矢、京マチ子、平幹二朗、岸田今日子、岡田英次、村松英子、千秋実ほか
配給:東宝
(イラスト:水彩作家yukko)
