それでも愛してる父親たち

osanai 2023年上半期振り返り イノウマサヒロ

2023年に公開された「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」は、映画業界における不当な男性支配を明らかにした映画だ。

この映画は、2017年にはじまった「#MeToo」運動の発端とも言える二人のジャーナリストの実話を元にした物語だ。この運動を皮切りに、「猛々しく、泣かず、我慢強い」といった従来の男性像に対して、以前より疑問を投げかけられる機会が増えたように思う。

私自身、大学の卒業論文で「男らしさの変遷」をテーマに執筆したこともあり、「男らしさ」についてはずっと関心のあることだった。だから今回、2023年前半の映画の振り返りのコラムを依頼いただいた時、男性性を切り口に何かを書きたいと思った。改めて観た映画を振り返ると、心に強く残っているのは、どれも父親に焦点が当たったものばかりだった。特に、従来の頼れる父親ではなく、弱さや脆さ、虚しさなど、昔描かれていた頼もしい父親像とは少し異なるキャラクターたちに惹かれた。それは、父親といえど一人の人間であるということを改めて気づかせてくれたからかもしれない。

作品の筆頭は、シャーロット・ウェルズが手がけた「aftersun/アフターサン」だろう。この映画は、31歳の父親カラムと11歳になる娘ソフィのひと夏の小旅行を、父親と同じ31歳になったソフィが当時撮っていたビデオカメラの映像を通して思い出していく回顧録だ。

31歳なんて、人生の3分の1が終わったところ。まだまだ知らないことも沢山あるし、失敗することも沢山ある年齢だ。しかし、ソフィの目から見た時、そこに映るのは父親としてのカラムだけだ。カラムは、実はソフィには言えないある秘密を抱えている。しかし、それを胸の奥にしまって、ソフィの前では父親を演じている。

父親と同じ31歳になったソフィは、自分が父親とある点において同じだったことに気づき、一人の人間としてカラムを見つめ直す。映画の中では、本来ソフィが知り得ないカラムが一人でいるシーンも差し込まれる。それは、本当にあったことというより、31歳のソフィが、人としてのカラムを想像したシーンだろう。ソフィの想像の中のカラムは、泣いていたり、自分の思いに逡巡している。若くして父親になり、誰にもいえない秘密を抱えていた一人の男性の姿は、不完全ゆえの愛おしさと切なさを私たちにもたらす。

1 2 3 4
S H A R E
  • URLをコピーしました!

text by

ライター・編集者。言葉を起点とした関係づくりをしています。映画は年に100本ほど観てます。