雨の宮古島、人間らしさとAIと。

確かに、これはかなりヘンテコな映画だ。映画の主人公は中国系アメリカ人で、破産寸前のコインランドリーを経営している中年女性のエヴリン(ミシェル・ヨー)。

突如としてマルチバースにトリップしたエヴリンは、カンフーマスターの能力を手に̪し、派手でおかしなバトルを繰り広げる。エヴリンは、夫のウェイモンド(キー・ホイ・クァン)とは結婚せず人気女優になった自分がいる世界や、鉄板焼きのシェフになった自分がいる世界など、あらゆる世界を行き来する中で「あのとき、こうしていれば……」と人生の可能性に思いを巡らせる。

SF、コメディ、アクションと様々な要素をもつが、なにより身近な人への愛を描いた映画だ。かつてのときめきを失った夫のウェイモンドに対して、いつしか分かり合えなくなった娘のジョイ(ステファニー・スー)に対して、思うようにいかないことばかりで、エヴリンはこの世界にいる意味を問うようになる。しかし、この世界にしかないからこそ彼らへの愛情がかけがえないのだと気づき、守り抜こうとするのだ。

ちなみに本作は、本年度アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞ほか、最多7部門を受賞。ミシェル・ヨーがアジア人初の主演女優賞受賞という快挙を果たし、「女性のみなさん、全盛期は過ぎたなどと誰にも言わせないでください」という堂々たるスピーチをしたことでも話題になった。

私の中で、なんとなくエヴリンと下地さんが重なった。思いがけず別世界で闘うことになったエヴリンのように、下地さんは計り知れない苦労や努力をしてきたはずだ。その局面で「宮古島に映画館を残したい」という信念を貫いていることを、心から尊敬するし応援したいと思った。

帰り際に、客席を見学させてもらったのだが、壁一面に俳優や監督らのサインが書かれていた。愛されている映画館、映画を愛している下地さんとの出会いは、予期しない宮古島旅行のハイライトとなった。

気が付けば、1時間ほどおしゃべりしていたようで、外に出ると雨は止んでいた。

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S H A R E
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1988年長崎県出身。2011年関西大政策創造学部卒業。18年からサンドシアター代表として、東京都中野区を拠点に映画と食をテーマにした映画イベントを開催。「カランコエの花」「フランシス・ハ」などを上映。映画サイトCinemarcheにてコラム「山田あゆみのあしたも映画日和」連載。好きな映画ジャンルはヒューマンドラマやラブロマンス映画。映画を見る楽しみや感動をたくさんの人と共有すべく、SNS等で精力的に情報発信中。