【ガンニバル】絶対的な「わかりあえなさ」に出会った時、私たちは簡単に無力になる

“あの人”の存在感と「いま起こっていることがおもしろい」こと

最後に、“あの人”についても少し触れておきたい。

ドラマを見終えてみると“あの人”の登場回数は決して多くない。
ただ、私の中には“あの人”の存在感がずっしりと残っている。

“あの人”の演出がどれも印象的なのだ。後ろから殴りかかってくるシーンではスローモーションで臨場感が生まれ、夜の山を駆け抜ける人間離れした身体能力が発揮されるシーンでは、躍動感とともに絵にセリフが重なる漫画的演出を感じる。

“あの人”にとどまらず、「ガンニバル」はこのような丁寧な演出や撮影によって「物語がどう進むのかが気になる」よりも「いま起こっていることがおもしろい」が実現されていた。

例えば、第2話で阿川が背後から“あの人”に襲われた直後だ。美しい夕陽を背景に、村人が後藤家前当主である後藤銀の墓の前に一人佇むシーンが差し込まれる。私は「阿川はどうなるの!?」「“あの人”が初めて阿川に接触してきたよ!」と物語に引き込まれながらも、墓のシーンのルックの美しさに唸るのだ。他にも、最終話の終盤、阿川が供花村に潜入する前に妻の有希に電話をかけるシーン。天井からいくつか吊るされている球体の照明が、ぼんやりと阿川を照らす構図が美しい。夜の暗さにぼんやりと浮かぶ暖色系の柔らかい光は、これから危険な捜査に挑む阿川に、有希がほのかな温もりを与えているようだ。そして、ひとつ、またひとつ、照明は消えていく……。

物語のクライマックスを前に、「いま起こっていること」に満足している私がいた。

多くの物語上の謎を残したまま幕切れとなった「ガンニバル」だった。

続編の有無にかかわらず、視聴後に満足感があったのは、物語の推進力にのみ頼るのではなく、「いま起こっていることがおもしろい」を丁寧に積み重ねる作品だったからだろう。

──

■ガンニバル
監督:片山慎三、川井隼人
原作:二宮正明『ガンニバル』
脚本:大江崇允
プロデューサー:山本晃久、岩倉達哉
ラインプロデューサー:半田健
撮影:池田直矢
照明:舘野秀樹
美術:倉本愛子
録音:西正義
音楽:Brian D’Oliveira
出演:柳楽優弥、笠松将、吉岡里帆、高杉真宙、北香那、杉田雷麟、山下リオ、田中俊介、志水心音、澤井一希、吉原光夫、六角精児、酒向芳、矢柴俊博、河井⻘葉、赤堀雅秋、二階堂智、小木茂光、利重剛、中村梅雀、倍賞美津子ほか
配信:Disney+

(イラスト:Yuri Sung Illustration

1 2 3 4 5
S H A R E
  • URLをコピーしました!

text by

生活の中で感じたことや考えたことを残しておくのが好きな大学生。その過程を「あの日の交差点」というPodcastやWebサイトにアーカイブしています。