【スワンソング】人々の記憶のなかで生き続ける、自由で身勝手で純粋な、あるひとりの人生の物語

“それでも人生は素晴らしい”

この映画のキャッチコピーである。彼の人生は、まさにその一言に尽きる。栄光、挫折、裏切り、孤独、貧困。数々の辛酸を舐め、差別にさらされた過去を持つパット。それでも彼は、人生を謳歌した。迷い、もがき、喘ぎながらも、自身の誇りを貫き通した。

人生の旅は長く、車窓の景色は日々変わる。当然、平坦な道ばかりではない。山もあれば谷もある。谷底は暗く、山頂は孤独だ。しかし、それだけが人生なわけでもない。笑える瞬間、誇れる瞬間、幸せを感じる瞬間も、ちゃんとある。できるなら、そんな瞬間にこそ旅立ちたいと、パットを見ていて思った。

パットという人物が持つチャーミングな魅力は、到底一言では表しきれない。お金がないのに酒や煙草に浪費した挙げ句、仕事道具を万引きしたり、車道のど真ん中で電動車椅子を走らせたりと、彼の行動そのものは、正直「ろくでもない」と言わざるを得ない。しかし、彼の「ろくでもなさ」一つひとつに、彼なりの理由がある。周囲にどう思われるかは、彼のなかで優先すべき項目ではないのだ。それよりも彼は、自分がどう生きたいか、何を大切にしたいかを優先した。あくまでも己の本能に忠実に、ただひとりの人を想い続けた。

私は現在、40代前半である。映画に登場するパットの年齢には、遠く及ばない。そんな私でも、過去を振り返る時間は存外多い。年齢を重ねるごとに、その頻度は増えてきたように思う。時代とともに変容する価値観と、不変的な思い。その両者をいったりきたりしながら、自身の過ちを悔い、宝ものを愛し、変えられないものに地団駄を踏み、変えられるものを前に尻込みをしている。しょうもない、と思う。しかし、そんなしょうもない私以上に、パットはしょうもない人物であった。そして、だからこそ愛おしく温かい人物として、私の記憶に刻まれた。

映画の幕が下りても、パットは生き続ける。私のなかで、大勢の人の記憶のなかで。

これまでも、スクリーンを通して出会ったさまざまな人物が、私の血肉となっている。誰かが言った台詞、誰かが見せた表情、誰かが示した勇気。そういったものが少しずつ、記憶とともに私を形作っている。パットも、そのなかのひとりとして、私の内側に取り込まれた。彼の笑顔、彼の狡さ、頑なまでに人を想うそのまっすぐさを、これから先、私は何度も思い出す。

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■スワンソング(原題:SWAN SONG)
監督:トッド・スティーブンス
脚本:トッド・スティーブンス
音楽:クリス・スティーブンス
ヘアメイク:リディア・カネ
出演:ウド・キアー、ジェニファー・クーリッジ、マイケル・ユーリー、リンダ・エヴァンスほか
配給:カルチュア・パブリッシャーズ

(イラスト:Yuri Sung Illustration

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エッセイスト/ライター。エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)刊行。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。書評・著者インタビュー『ダ・ヴィンチWeb』|映画コラム『osanai』|連載『withnews』『婦人公論』|ほか、小説やコラムを執筆。海と珈琲と二人の息子を愛しています。

エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)
https://www.kashiwashobo.co.jp/book/9784760155729