東京から地方の町に移り住んできた貴瑚は、母親に虐待されて声を出せなくなった「ムシ」と呼ばれる少年と出会う。少年の境遇に、虐待・搾取されてきたかつての自分自身の姿を重ねていく──。
監督・成島出が町田そのこの同名小説を映画化。杉咲花が主人公・貴瑚を演じている。
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町田そのこ氏の小説を原作とした映画「52ヘルツのクジラたち」を鑑賞した。「52ヘルツのクジラ」とは、周波数の違いにより他のクジラたちに声が聞こえない個体のことである。鑑賞直後、私の体内に声があふれた。届きにくい声を持つ者は、往々にして声を己の中に封じ込める。もっと広く伝わる周波数を持つ人間であればよかった。しかし、マイノリティのほとんどは自ら望んでそうなったわけではなく、生まれながらにして多数派とは違うレールに強制的に乗せられる。途中下車の方法は、走行中の列車から飛び降りる以外に術がない。
主人公の三島貴瑚は、両親からの虐待と搾取により心身を蝕まれる日々を送っていた。母と再婚した義父は日常的に貴瑚を痛めつけ、母は彼女を守ろうともせず傍観していた。挙げ句、病気で寝たきりになった義父の介護を10代の娘に強いた。24時間、不眠不休の介護。周りが青春を謳歌している最中、貴瑚は家から出ることなく義父の世話に明け暮れた。そんな日々が続く中で、義父の容態が急変したのをきっかけに、貴瑚に転機が訪れる。
義父の容態が急変した際、取り乱した母親は見境なく娘を責めた。「お前が死ねばいい」──実の母にそう言われて首を締められた貴瑚は、命からがらその場を逃げ出した。ほつれた髪と薄汚れた服装で街中をふらつく貴瑚だったが、幸いにも信頼のおける友人に出会い、九死に一生を得る。
「家族っていうのはね、時には呪いになるんだ。呪いになったら抜け出していいんだよ。離れていいんだよ」
「介護があるから帰らなければ」と頑なに言い張る貴瑚に対し、友人はそう言った。「家族」という言葉は、幸せの象徴として使われることが多い。しかし、実際には“呪い”になり得る家族が多いのもまた事実である。「家族だから」「育ててもらったから」「恩義があるから」。そんな理由で親に時間やお金を差し出し続ける必要など、本来はない。親が子どもを育てるのは当然のことであり、そこに見返りを求めるのは間違っている。だが、渦中にいる当事者は親以外の人間との交流を断絶されているケースも少なくない。