【理想郷】だれもが闖入者ないし闖入される側になることについて自覚的でいなければならないし、敬意を払い続ける必要がある。

そして風力発電所設立をめぐる意見の相違により、夫婦の孤立はよりいっそう深まることとなる。村人の大半は賛成に票を入れ、夫婦は反対に票を入れた。風力発電が村に導入されれば、補償金が村人たちに配当される。その計画は貧苦にあえぐ村人たちにとって、一筋の光だったのだろう。けれどもアントワーヌとオルガが難色を示したことにより、その光は消えかけてしまう。

ここで生まれ、ここで暮らしてきた人間が、なんらかの信念のもと反対するのならまだわかる。けれどもふたりは“よそ者”だ。いったいどうして“よそ者”の意見が、自分たちの生活に関わることの決定に影響を及ぼすのか。そもそも“よそ者”に投票権が与えられていること自体、おかしいだろう。村人たちの総意は、おおむねこのようなものだ。

とりわけ夫妻へ攻撃的になったのが、隣家のシャンとロレンソ兄弟である。道端でアントワーヌがエンストを起こし立ち往生していると、ロレンソは「乗せていってあげようか」と親切心をちらつかせる。しかしアントワーヌが車のドアに手をかけた瞬間、車を発進させる。一歩まちがえば命を脅かす大事故にも繋がりかねない危険な行為を厭わぬほどの、強烈な悪意。

兄弟の嫌がらせは、次第に「嫌がらせ」の範疇を越えていく。ある日は夫婦の自宅前のテラスのテーブルに酒瓶を捨て、デッキチェアに小便をかける。またある日は夫婦の畑に水を引いている井戸の中へバッテリーを投げ捨て、トマトを全滅させる。農作物はふたりの生活を支える重要な収入源だ。あまりの惨い仕打ちにアントワーヌはすぐさま隣家へ抗議しに行くが、兄弟はしらばっくれ、挙句ライフルを向けて威嚇までしてくる。兄弟の行いは私有地への不法侵入と器物損壊、脅迫であり、立派な犯罪といえよう。アントワーヌは腹に据えかねて警察署へ赴くが、しかしながらおよそ誠実さとはかけ離れた対応しかされなかった。アントワーヌから事情聴取をした警官たちは、夫婦と兄弟の諍いを単なる「ご近所トラブル」と見做し、積極的な介入をしない。あまつさえ「あの兄弟は粗暴だからあまり刺激しないように」と、被害者であるアントワーヌに自衛を勧める始末だ。業を煮やしたアントワーヌが食い下がっても、「注意はしますよ」と言うだけ。

結局のところ警察官もまた、村人なのだ。この狭く閉鎖的な村において、不協和音からは出来うる限り身を遠ざけておきたいし、多数派に属する兄弟の反感を買うことも避けたい。それゆえ地元警察は、まったくと言っていいほど機能しない。命の危機を覚えるほど追い詰められていく夫婦は、自力で村人たちとの軋轢に対処せねばならなくなる。そしてアントワーヌは、ビデオカメラを携帯するようになる。兄弟から受けた加害の証拠を記録するために。

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S H A R E
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ライター。修士(学術)、ジェンダー論専攻。ノンバイナリー(they/them)/日韓露ミックス。教育虐待サバイバー。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。