スローライフに夢を抱いたフランス人夫婦が、スペインの緑豊かな山岳地帯にある小さな村に移住する。新参者の夫婦に対して、あからさまに歓迎していない村人のやりとりは、いつしか深刻なほど亀裂が入っていく──。
監督は「おもかげ」を手掛けたロドリゴ・ソロゴイェン。フランス人夫婦をドゥニ・メノーシェ、マリナ・フォイスが演じる。
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安部公房によって書かれた『闖入者』という短編小説がある。『闖入者』のことを思い出したのは、映画「理想郷」鑑賞中だった。その日はめずらしく映画鑑賞のお供にコカ・コーラを飲んでいたからだろうか。10代のぼくは映画館ではいつも決まって、鑑賞前にコカ・コーラを購入していた。でも30代に突入したぼくには、コカ・コーラはいささか甘ったるすぎる。
ひょっとするとコカ・コーラがぼくの心を10代に連れ戻したのかもしれない。『闖入者』を読んだのは、まさにコカ・コーラをがぶがぶ飲んでいた時代──たしか中学生のときだったから。とはいえ『闖入者』とこの映画は、まったく異なる物語だ。『闖入者』はある日とつぜん9人の見知らぬ他者に主人公の自室が占拠されてしまう話であり、闖入した側が多数決を逆手に取って先住民(主人公)を制圧する。民主主義の名の下に。
対して「理想郷」における“闖入者”は、新参者であるふたりのフランス人夫婦である。アントワーヌとオルガは娘のマリーと孫のいる都会を離れ、老後のスローライフを求めてスペイン・ガリシア地方にある小さな村に移住してきた。あるプロジェクトを胸に抱いて。
ふたりが掲げるのは、過疎化の進む村の再開発だ。廃墟を修繕し、有機野菜を育て、都市部からの移住者を誘致する。星空の美しいこの村は、リタイアしたカップルや都会での生活に疲れた若者、あるいはのびのびとした子育てを理想とする家族なんかにとって、きっと素晴らしく最適な移住先となるだろう。自分たちの持つ知恵や技術を駆使し、手入れさえすれば、村はきっと魅力的に蘇るはずだ。
しかしながらアントワーヌとオルガは、村人たちに歓迎されない。村の集会所になっている酒場でも、アントワーヌは「フランス野郎」と呼ばれ続ける。いうまでもなく侮蔑的かつ排他的なニュアンスを孕むあだ名だ。夫婦はすでにこの村に来て2年経っていて、生活の根を下ろしているというのに、いつまで経っても村人たちにとって彼らは“新参者”で“よそ者”に過ぎなかった。
村人たちはふたりの夢を、「成功するはずがない」と一蹴する。恒常的貧困に悩まされている彼人らにとって、夫婦の提言する長期的な計画はただの非現実的な妄想でしかない。都会から来た享楽的金持ちの、お綺麗な戯言といったところだろうか。