恋愛と性、心と身体
「春画先生」と呼ばれる変わり者の春画研究者・芳賀一郎と、喫茶店でアルバイトをしている・春野弓子が出会うところから物語は始まる。芳賀から声をかけられた春野はためらいながらも、芳賀から春画鑑賞を学ぶことになる。春画の奥深い魅力に心を奪われながら、春野は芳賀に好意を抱いていく。
春野が何がきっかけで、芳賀を好きになったのかは描写されない。春野が芳賀を好きなことはわかる。でも、芳賀のどこを好きになったかは見ていてもわからない。「いったいなんで?」
やがて、芳賀が執筆を進めていた「春画大全」の編集者・辻村が現れ、彼の行きつけのバーで芳賀とその亡き妻の間に何があったのかを春野に教える。そして、その夜春野は辻村と身体の関係を持つ(そこに至る経緯は描かれない)。
「芳賀のことを好きだったのに、どうしてそうなる?」
翌朝、辻村はこれまでも芳賀に近づく女性と何人も関係を持っていること、春野のことも芳賀に伝えており、芳賀に頼まれて性交中の声を聴かせていたことを春野に明かす。春野は驚き、傷つくが、その後も辻村との関係を持ち続け、声を芳賀に聴かせ続ける。
このように書くと、春野が自分を犠牲にして芳賀に尽くしている、「純愛」志向な人に思えるかもしれない。しかし、どうもそうではない。
春野は辻村と何度も肉体関係を持つわけだが、嫌々しているという感じではない。むしろ、春野は辻村との性行為に没頭しているように見える。二人の間に恋人同士の親密さのようなものはなく、ドライな関係に見える。それでも、行為を重ねていく中で、信頼に近い何かが生まれているようにも見える。