【アンダーカレント】愛したいなら、相手の声に耳を澄ませなければならない。

最初こそ胡乱な目で見ていた山崎に反発心を抱くものの、かなえは3ヶ月間の調査と2週間に一度の調査報告を依頼することに決める。山崎の発言に憤ったけれど、同時に図星でもあったからだ。掴みどころのない男だが、探偵としての優秀さをかなえは感じ取った。そして山崎は、警察さえ暴けなかった悟の嘘と秘密に辿り着く。山崎より報告を受けたかなえがまず覚えたのは、怒りよりも衝撃だった。悟がかなえを見つめる眼差しに、翳りがなかったゆえだろう。すくなくともかなえはそう思っていた。

「相手の望む、相手の求める自分でいたかった」と悟はのちに語る。悟は周囲のひとを──かなえを、騙して楽しんでいたわけではない。ただそうしか生きられないひとだった。悟は失踪の理由も、嘘を吐き続けていた理由も、最後まで明かさない。かなえもそれを追及しようとはしない。他者を真の意味で“わかる”ことなど、とうてい不可能だから。かなえもそれを、思い知らされたから。思惑を抱えてかなえに接近した堀という存在と、そしてかなえ自身の奥底に眠り続けていた幼き日の悔恨と自責の念によって。

だれのことも、だれもわからない。双子として生まれようと、同じ両親を持とうと、ぼくと弟がついぞわかり合えぬように。それはなにも憎み合う関係に限ったことじゃない。ぼくは現在のパートナーのすべてを、わかってはいない。中学時代からの親友たちについても、この仕事を通じて出逢った敬愛する書き手仲間たちのことも。

痛みも哀しみも歓びも、すべては個人的なものだ。だれとも共有できない。だからこそ、努力し続けなければならない。相手を“わかりたい”と思うのならば、強くそう願うのならば。驕らずたかを括らず、辛抱強く、常に相手の声に耳を澄ませなければならない。

その継続と積み重ねが、すなわち“愛する”ということなのではないか。

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■アンダーカレント
監督:今泉力哉
原作:豊田徹也『アンダーカレント』
脚本:澤井香織、今泉力哉
撮影:岩永洋
照明:岩永洋
録音:根本飛鳥
美術:禪洲幸久
装飾:うてなまさたか
衣装:馬場恭子、藤原千弥
ヘアメイク:寺沢ルミ
音響効果:勝亦さくら
リレコーディングミキサー:浜田洋輔
編集:岡崎正弥
音楽:細野晴臣
出演:真木よう子、井浦新、江口のりこ、中村久美、康すおん、内田理央、永山瑛太、リリー・フランキーほか
配給:KADOKAWA
公式サイト:https://undercurrent-movie.com/

(イラスト:Yuri Sung Illustration

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ライター。修士(学術)、ジェンダー論専攻。ノンバイナリー(they/them)/日韓露ミックス。教育虐待サバイバー。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。