【ザ・ホエール】過去に嘲笑った存在に、未来の自分がなるかもしれない。「if」の想像力を手放す危うさについて

“人は誰かを救うことなんてできない”

作中に登場するこの台詞は、悲しいかな真実だ。人は、人を救えない。救えるのは、自分だけだ。でも、寄り添うことはできる。隣に座り、背中を撫でることはできる。「あなたは素晴らしい」と、存在を丸ごと肯定することはできる。

チャーリーは、世間で言うところの圧倒的なマイノリティだ。しかし、誰しもチャーリーになる可能性を孕んでいる。突然、最愛の人を失ったら。耐えきれぬ悲しみに晒されたら。それでもあなたは、規則正しい生活を続け、何にも溺れず、何にも依存せず、健やかな生活を維持できると言い切れるだろうか。

私自身、望まぬ形で背負っているものがあり、いわゆるマイノリティとして日常を生きている。そのため、「異種」として排除される痛みを、少なからず知る者のひとりだ。

未来は誰にもわからない。だから私は、「if」の感覚を手放したくない。

願わくば、「人は人を救えない」ことを知った上で、もがく人の隣に座れる人間でありたい。

何かを否定することは、未来の自分を否定する結果につながりかねない。今現在「否定している存在」に、「いつか自分もなるかもしれない」。その可能性を忘れてはいけないのだと思う。

これは、言うほど容易くない。だからこそ、“そうありたい”と願う心を手放さずにいたい。そんな“きれいごと”を現実にすべく、私は今日も筆を執る。チャーリーが最期の瞬間まで娘の心を信じたように、私も、人が持つ思いやりと、未来の可能性を信じたい。人は、生きているだけで素晴らしい。心からそう思える人が増えたなら、この世界は、きっと今より、柔らかな色に染まるだろう。

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■ザ・ホエール(原題:The Whale)
監督:ダーレン・アロノフスキー
脚本:サミュエル・D・ハンター
原案:サミュエル・D・ハンター
製作:ジェレミー・ドーソン、アリ・ハンデル、ダーレン・アロノフスキー
製作総指揮:スコット・フランクリン、タイソン・ビドナー
音楽:ロブ・シモンセン
撮影監督:マシュー・リバティーク
編集:アンドリュー・ワイスブラム
キャスティング:メアリー・ヴァーニュー、リンジー・グラハム・アハノニュ
プロダクション・デザイナー:マーク・フリードバーグ、ロバート・ペイゾハ
プロセティック・メーキャップ・デザイナー:アドリアン・モロー
衣装デザイナー:ダニー・グリッカー
出演:ブレンダン・フレイザー、セイディー・シンク、ホン・チャウ、タイ・シンプキンス、サマンサ・モートンほか
配給:キノフィルムズ

*1:2023/4/23(日)、正確性を高めるためテキストの一部を修正しました。

(イラスト:Yuri Sung Illustration

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エッセイスト/ライター。エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)刊行。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。書評・著者インタビュー『ダ・ヴィンチWeb』|映画コラム『osanai』|連載『withnews』『婦人公論』|ほか、小説やコラムを執筆。海と珈琲と二人の息子を愛しています。

エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)
https://www.kashiwashobo.co.jp/book/9784760155729