【ザ・ホエール】過去に嘲笑った存在に、未来の自分がなるかもしれない。「if」の想像力を手放す危うさについて

osanai ザ・ホエール

恋人の死をきっかけに健康を損ない、死の窮地に立たされた体重272キロの男性が、娘との絆を取り戻そうとする物語。
主人公を演じたのはブレンダン・フレイザー。監督は「ブラック・スワン」のダーレン・アロノフスキー。主人公の特殊メイクを手掛けたのは、プロセティック・メーキャップ・デザイナーのアドリアン・モロー。

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映画「ザ・ホエール」の主人公であるチャーリーは、体重272キロの中年男性である。

「肥満」が「病」である実態は、あまり知られていない。体重はコントロールできるもので、太っている人は自己管理能力が乏しいだけ。そんな誤認の元に生まれる差別感情は、驚くほどナチュラルに容認される。

体重を支えきれないチャーリーの両足は紫色に腫れ上がり、血圧は異常に高く、うっ血性心不全を患っていた。看護師資格を持つ友人のリズから病院に行くよう勧められるも、チャーリーは「お金がない」と拒否。病状は悪化の一途を辿り、いつ命を落としてもおかしくない危険な状態だった。

自らの死期を悟ったチャーリーは、離婚後、疎遠になっていた娘との最期の交流を望む。しかし、幼い頃に「父に捨てられた」と感じている娘のエリーは、父への憎悪を剥き出しにする。そんな娘に対し、チャーリーはあの手この手で食い下がり、根負けしたエリーは悪態をつきながらもチャーリーの自宅に足を運びはじめる。

チャーリーは、大学のオンライン講座で文章術を教えていた。そのスキルを活かし、娘の学校課題である作文を通して、根気強くエリーとの会話を試みる。本作は、己を取り巻く全世界に向けて不満を爆発させる17歳の娘に、自分が残せる全てを手渡そうと奮闘する父親の物語だ。

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S H A R E
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エッセイスト/ライター。エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)刊行。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。書評・著者インタビュー『ダ・ヴィンチWeb』|映画コラム『osanai』|連載『withnews』『婦人公論』|ほか、小説やコラムを執筆。海と珈琲と二人の息子を愛しています。

エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)
https://www.kashiwashobo.co.jp/book/9784760155729