食べられる料理を持ってこい
スローヴィクは、マーゴの感想を知りたがった。何がいけないのかと、ことあるごとに問いかける表情と声は、まるで親にお伺いをたてるような子供のように頼りない。
名声をとっぱらった、丸裸の料理そのものをマーゴは評価していた。
己の料理の芸術性を極めることにとらわれ、料理を復讐の道具にしたスローヴィクの傲慢さを、彼女は見抜いていたのかもしれない。
カオスを撒き散らしたようなコース料理がクライマックスに差し掛かろうとしたところで、マーゴは「まだまだ腹ペコだ」と、自分がいま本当に食べたいものをスローヴィクに告げた。芸術としてありがたがる料理でも、情報として消費する料理でもない、自分の血肉となる料理を。
マーゴのリクエストに対して、スローヴィクは一切の妥協なく完璧な一品をつくりあげた。本当に客が食べたい料理を、スローヴィクはひさしぶりに作ったのではないか。マーゴのためだけに作られたその料理は、これまで出てきたどの料理よりも食欲を刺激された。
マーゴは最後の最後まで異物のまま、その世界から飛び出していった。
人は生きるために食べる。命をいただき、命を繋いでいく料理に対する態度を、わたしたちは考えていかなければいけない。
そしてこの映画を観終わったあと、脇目も振らずにマクドナルドに駆け込んだことは、言うまでもない。
■ザ・メニュー(原題:The Menu)
監督:マーク・マイロッド
脚本:セス・リース、ウィル・トレイシー
製作総指揮:セス・リース、ウィル・トレイシー、マイケル・スレッド
製作:アダム・マッケイ、ベッツィー・コック、ウィル・フェレル
撮影監督:ピーター・デミング
美術:イーサン・トーマン
編集:クリストファー・テレフセン
音楽:コリン・ステットソン
衣装:エイミー・ウエストコット
出演:レイフ・ファインズ、アニャ・テイラー=ジョイ、ニコラス・ホルト、ホン・チャウ、ジャネット・マクティア、ジョン・レグイザモほか
配給:ディズニー
(イラスト:Yuri Sung Illustration)