【ラーゲリより愛を込めて】“頭の中で考えたこと”以外も、奪われない世界であれ

osanai ラーゲリより愛を込めて

第二次世界大戦終了後、約60万人の日本人がシベリアの収容所で強制労働を強いられていた。ラーゲリの劣悪な環境で命を落としたり、勾留者同士で争いが絶えなかったりといった絶望な状況下、仲間を励まし続けた日本人・山本幡男を描いた物語。
原作は、辺見じゅん『収容所ラーゲリから来た遺書』。「糸」「老後の資金がありません!」を手掛けた平野隆が企画プロデュースを手掛け、瀬々敬久が監督を務めた。実在の日本人捕虜・山本幡男を演じたのは、二宮和也。

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「戦争」という言葉を聞くと、ある歌を思い出す。

“同じ土の上で なぜに人は殺し合う
お国のために命捨てる そんな常識従うな“

モンゴル800が2001年に発表した、「夢叶う」のワンフレーズである。

今から77年より前、戦時中にこの歌を口ずさもうものなら、「非国民」と石を投げられ、最悪の場合、殺されていただろう。

人は、思考する生き物だ。思いを言葉にして伝えたい生き物だ。しかし、戦時下ではそれが許されない。そして、ひとりでも多くの人間を殺した者が「英雄」となる。本来、同じ種族である人間を「殺したい」人などいないというのに。

映画「ラーゲリより愛を込めて」に登場する相沢は、上官の命令により、少年兵時代に敵国の人間を殺した。そのときを振り返り、相沢は言う。

「俺はあのとき、『人間』をやめたんだ」

人間らしく生きようとすればするほど、窮地に追い込まれる。それが「戦争」だ。

1945年8月15日、第二次世界大戦は終結した。しかし、終戦後も、日本兵の一部はソ連軍の捕虜として、シベリアの強制収容所(ラーゲリ)で過酷な労働を強いられていた。冬は零下40度まで冷え込む厳しい気候に加え、「人権」も「尊厳」も認められない悪辣な環境だった。しかし、そんな過酷な状況下にあっても、「希望」を捨てない人間がいた。本作の主人公・山本幡男である。

山本は、身に覚えのないスパイ容疑をかけられ、ラーゲリで25年の強制労働を強いられていた。

ようやく帰国できる。ようやく家族に会える。そう思った矢先に押された「戦犯」の烙印。多くの仲間たちは、絶望に打ちひしがれた。それでも、山本は諦めなかった。失意と恐怖で落ち込む仲間たちに明るく声をかけ、「ダモイ(帰国)は来る」と励まし続けた。

山本には、最愛の妻モジミと、4人の子どもたちがいた。妻と交わした「必ず帰る」という約束が、彼の心を支えていた。モジミもまた、夫の帰りを信じて待ち続けた。だが、無常にもそんな山本の体を病魔が蝕みはじめる。

教養豊かで人情味があり、誰にでも分け隔てなく接する山本の人柄は、多くの人望を集めた。そのため、山本の死期を悟った仲間たちは、彼に遺書を書かせる決断をする。当時、ラーゲリでは、捕虜が「文字を書き残すこと」はスパイ行為と見なされた。よって、ノートなどの紙類は、見つかると同時に没収された。それを見越し、仲間たちは驚くべき方法で山本の遺書を持ち帰るべく、一致団結する。

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S H A R E
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エッセイスト/ライター。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。書評『ダ・ヴィンチWeb』|映画コラム『osanai』|連載『withnews』『BadCats Weekly』など多数|他、インタビュー記事・小説を執筆。書くことは呼吸をすること。海と珈琲と二人の息子を愛しています。