【ラーゲリより愛を込めて】“頭の中で考えたこと”以外も、奪われない世界であれ

もともと地球には「線」なんてなかったのに、誰かが引いた線が国を分け、国が人を分け、同じ人間なのに敵や味方に分かれ、「同じ土の上で」人々が殺し合う。そんな地獄絵図を、これ以上繰り返していいはずがない。

国は人で、人には命があって、たったひとつしかないその命は、「国家存続」のためにあるわけじゃない。みんなもっと、目の前の小さな幸せのために生きている。汗だくになって、泣いたり怒ったり笑ったりしながら、小さな何かを守るために必死でもがいている。

戦時中、殺されるのが怖くて敵前逃亡した松田は、「自分は卑怯者」だと自己嫌悪に苛まれていた。でも、本来それが普通だ。誰だって、殺したくないし、殺されたくない。

歴史的背景だとか、政治的戦略だとか、難しい言葉を並べれば人を殺してもいいなんて思うな。

私はそう思っている。だから、思いのままここに記す。そんな自分を「賢明な人間」とは思わないが、「平凡な人間」の声を無視する国に、希望があるとも思わない。

ラーゲリより愛を込めて、家族に遺書を残した山本。彼の生き様から学ぶことは大いにある。希望を諦めなかった山本は、何度も叫んだ。何度も、「こんなのはおかしい」と訴えた。だから私も、それにならおうと思う。おかしいものを「おかしい」と言えない世の中は、見えない檻に囲まれているのと同じことだ。ラーゲリと同じだ。

山本の魂は、届けられた遺書と共に日本に帰った。でも、山本の体は、今もシベリアの奥地に埋められている。他にも多くの人たちが、自国に帰る日を待たず、ラーゲリで土に還った。

愛する家族に「おかえりなさい」と言える。「ただいま」が聞こえる。山本も、彼の仲間たちも、きっとそういう未来を願っていた。彼らの声を正しく聞き届け、二度と同じ悲鳴が上がらぬ世界をつくるにはどうすればいいのか。それを考え、実行していくことが、自分たちのみならず次世代のためではないかと、私はそう思っている。

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■ラーゲリより愛を込めて
監督:瀬々敬久
原作:辺見じゅん『収容所から来た遺書』
企画プロデュース:平野隆
脚本:林民夫
プロデューサー:下田淳行、刀根鉄太、辻本珠子
音楽:小瀬村晶
主題歌:Mrs. GREEN APPLE「Soranji」
出演:二宮和也、北川景子、松坂桃李、中島健人、寺尾聰、桐谷健太、安田顕ほか
配給:東宝

(イラスト:Yuri Sung Illustration

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S H A R E
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エッセイスト/ライター。エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)刊行。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。書評・著者インタビュー『ダ・ヴィンチWeb』|映画コラム『osanai』|連載『withnews』『婦人公論』|ほか、小説やコラムを執筆。海と珈琲と二人の息子を愛しています。

エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)
https://www.kashiwashobo.co.jp/book/9784760155729