そんな鈴芽を支えていたのが、叔母である環(たまき)だった。
高校生まで鈴芽を育てあげた環は、鈴芽と同じく、家族だった姉を亡くしている。大切な家族の喪失という共通の深い悲しみを抱えながら、ふたりで生きてきた。
一緒に生きていくはずだった人を亡くした人間は、その人が生きていくはずだった時間をしらずしらずのうちに背負いこんでしまう。母親の代わりになるべく、自分の人生の時間を捧げて鈴芽を育ててきた環だったが、思春期ゆえの距離感の難しさにぶつかっていた。
あるきっかけから口論になり、お互いにヒートアップしたために「わたしの人生かえしてよ!」と思わず口走ってしまう環。でもその時間がいまの鈴芽をかたちづくり、環にとってかけがえのない存在になっていることも、環は知っている。
それに鈴芽も知っている。生きているといやでも流れていく時間のなかで、さまよう鈴芽の日常をとりもどしてくれたのは環だということを。
深い傷を負ったふたりを癒していったのは、ともに積みあげていった小さな日常だった。
一方草太は、日本という大きな日常を支えていた。
「閉じ師」という家業を担っている草太は、後ろ戸に開いてしまった日本全国の廃墟の扉を閉じる仕事をしている。それは人知れずひっそりと行われるもので、気づかれることも人から感謝されることもない。「大事な仕事は、人から見えないほうがいいんだ」と話す草太。
当たり前のように日常を積み重ねられるのは、生活の基盤を支えてくれる人がいるからだと気づかされる。
人から人へのバトンを受け取って
廃墟の扉を閉める時に、草太と鈴芽はその土地にあったはずの人の時間の積み重なり=日常の声を受け取り、扉を閉める力に変えている。
九州から東北へと、ダイジンを追う旅をしていくなかで、鈴芽は人と出会い助け助けられ、服や帽子を受け取り、次の土地へと進んでいく。
ラストでは、母親を探しすべての時間がある常世に迷い込んだ幼い頃の鈴芽を、いまの鈴芽はきちんと時間が流れている現世へと帰す。時間の積み重なりこそが自分を支えてくれたことに気づいたからだ。
生き残った者だけが積み重ねられる日常に、鈴芽は救われたのだ。
「行ってきます」「行ってらっしゃい」のあとに「ただいま」「おかえりなさい」と言える当たり前の日常は、とんでもなくかけがえのないものだった。
人から人へのバトンを受け取りながら、これからもわたしたちは生きていく。
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■すずめの戸締まり
監督:新海誠
脚本:新海誠
企画:川村元気
プロデュース:川村元気
キャラクターデザイン:田中将賀
作画監督:土屋堅一
美術監督:丹治匠
音楽:RADWIMPS、陣内一真
主題歌:RADWIMPS「すずめ feat.十明」
出演:原菜乃華、松村北斗、山根あん、深津絵里、染谷将太、伊藤沙莉、花瀬琴音、花澤香菜、神木隆之介、松本白鸚ほか
配給:東宝
(イラスト:Yuri Sung Illustration)