【よだかの片想い】(ノット)ヒロインだから見えるもの

コンプレックスさえ打ち破る、恋という起爆剤

本作のリアルさをより強固なものにしているのが、飛坂という登場人物だ。映画監督である彼は、アイコが取材を受け、表紙にもなったルポ本の映画化を申し出る。はじめは映画化をいやがっていたアイコだが、飛坂の映画作品を鑑賞し、彼と会話を重ねるなかで、彼の魅力に惹かれ、映画化を承諾。同時に飛坂と恋人関係となる。

飛坂は、いわゆるヒーローのイメージとはまったく異なる。というか、「しょうもないダメ男」感を極めている。アイコと付き合っても、映画製作に夢中になると彼女との時間はおざなり。そもそもアイコに対して恋愛感情を抱いていたのかさえ疑問だ。興味の対象(アイコ)から好意を寄せられたから拒まなかっただけ、といった雰囲気さえ感じられる。

そんな飛坂に惹かれるアイコの気持ちは、けれども、とてもよくわかる。低い声、落ち着いた話しかた、自然体で脱力感のある佇まい、そして、そのしょうもなさも含め、彼は細部まで色気に満ちているのだ。そんな魅惑的な男性に、真っ向から自分のコンプレックスを肯定されたら、恋に落ちずにはいられない。

これまで消極的に生きてきたアイコだったが、飛坂との恋愛に関しては、まるで違う人間のようになる。ちいさなことで心をかき乱され、まわりが見えなくなるほどに行動的になってしまう。人間は日々変化する生き物だけれど、自分や友人、家族の影響では、ここまで短期間に大きく変化することは、なかなかないだろう。

どうしようもない人に惹かれ、そんな人が長年のコンプレックスを一瞬で解消してくれる。現実の恋は、恐ろしいとさえ感じるほどに、物凄いパワーを持っている。

アイコの強いコンプレックスをも打ち破り、成長の起爆剤となる飛坂。そういう意味では、彼はめちゃめちゃリアルなヒーローなのだ。

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S H A R E
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東京在住。コピーライター。好きな映画は「ファミリー・ゲーム/双子の天使」「魔女の宅急便」。