考えればわかることをできないのが人間
そこから物語は、いろんな疑いをめぐって展開されていく。
ソンウォンの元カノに呼び出されたウニョンは、衝撃の事実を伝えられて、恋人のことを信じられなくなる。
副委員長が穴から這い上がる提案ができたウニョンも、自分が穴に落ちると這い上がる術をなくしてしまった。
疑いの穴に落ちた途端に視野は狭まり、同じ考えがぐるぐる頭の中をめぐる。
ソンウォンの一挙手一投足を敏感に感じ取り、すべてを悪い方向に考えていく。穴を掘り進めていくと他人の声は届かなくなり、二人の距離はどんどん開いていく。
深みにはまっていくと、なかなか抜け出せない。こんなに進んだんだからと、ありもしない出口に向かって歩き続ける。やるべきは、その穴から抜け出すことなのに。
「事実はいつも、事実と関連する人々によって編集され、作られる」
と、ウニョンの癒しである、病院のなまずちゃんは言う。
人は自分の見たいようにしか物事を捉えない。
いま、相手がため息をついたのは疲れてるから/つまらないから。
連絡が返ってこないのは、忙しいから/めんどくさがられてるから。
普段だと気にもとめない何気ない受け答え、仕草、メールの返信時間がすべて疑惑の芽を育ててしまう。
事実は相手にしか分からないのに、自分のフィルターを通して解釈してしまう。
陰謀論という穴にハマっている人が、どんな出来事も陰謀論につなげて考えてしまうのと同じだ。
ぐるぐると穴を掘り進め、取り返しがつかないところまで行ってしまったウニョンは、やっと穴から出ようとする。
事実を知りたくない気持ち、相手を信じたい気持ち、自分が傷つきたくない気持ち。それらがないまぜになりながらも、現実を受け止められる準備ができた時に、人は穴から出られる。
*
わたしの場合、ついぞ穴から出ることはなかった。携帯電話を見たことをひどく責められ、それが原因で別れることになった。
疑いの穴は、いつでもぽっかりと口をあけてわたしたちを待ち構えている。もし、穴に落ちてしまった時は、掘り進めてはいけないし、ましてや、恋人の携帯電話は絶対にみてはいけない。
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■なまず(原題:메기、英題:Maggie)
監督:イ・オクソプ
製作:ク・ギョファン
脚本:イ・オクソプ、ク・ギョファン
編集:ク・ギョファン
出演:イ・ジュヨン、ク・ギョファン、ムン・ソリほか
配給:JAIHO
(イラスト:Yuri Sung Illustration)