【エレファント・マン】「僕は人間だ!」誰もが等しく尊重され、人権が守られる世界を願って

ジョンのモデルとなったジョゼフ・メリックの享年は、27歳である。ジョンがトリーヴズ医師と出会ったのは、24歳の頃。映画で描かれるのは、ジョンの晩年3年間に終始している。24歳でトリーヴズに出会うまでの間、ジョンがどんな目に遭ってきたか、どんな言葉を浴びせられ、どれほどの辛酸を舐めてきたか。映画で描かれなかった過去の長い年月こそを私は想像したい。

美しい場面や救いのあるラストは、観るものの心を打つ。そのことを否定はしない。ただ、壮絶だったであろうジョンの半生を見終わった感想が、「最後は救われてよかったね」では、あまりにも楽観的すぎる。ジョンの晩年に優しい時間があふれていたことは、素直に嬉しい。ただ、それは本来、ジョンが終生にわたり享受できたはずのものだった。

あらゆる人権が蔑ろにされる昨今のトランプ政権下において、本作の存在は一石を投じる役割をも果たすだろう。私自身も障害者だが、私の障害はジョンのそれとは違い、目に見えない。だが、やはりジョンと同じく、存在そのものを日常的に否定される。だからこそ今、声高に伝えたい。

私は、人間だ。
ジョンは、人間だ。

たとえ一国の大統領が「認めない」と発言しようとも、そんな言葉を聞く必要はない。どんな体でも、どんな心でも、どの国に生まれても、どのようなジェンダーでも、どれほど重い障害を抱えていたとしても、すべて等しく「尊重されるべき人間」である。また、あからさまなレイシストのみならず、私を含めたすべての人が意図せずに差別をしてしまう可能性も、忘れずにいたい。

映画という表現を通して社会に抗うデヴィット・リンチ監督の足跡は、作品が生み出されて40年が過ぎたのちも克明に残っている。間違った言説に沈黙していては、差別は横行するばかりだ。ジョンが叫んだように、私たちも叫ぼう。後世に残したいのは、ジョンのような人間が排斥される世界ではなく、温かく迎え入れられる世界であるはずだから。

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■エレファント・マン(原題:The Elephant Man)
監督:デイヴィッド・リンチ
原作:フレデリック・トリーブス、アシュリー・モンダギュー
脚本:クリストファー・デ・ボア、エリック・バーグレン、デイヴィッド・リンチ
撮影:フレディ・フランシス
美術:スチュアート・クレイグ
編集:アン・V・コーツ
衣装デザイン:パトリシア・ノリス
音楽:ジョン・モリス
出演:ジョン・ハート、アンソニー・ホプキンス、アン・バンクロフト、ジョン・ギールグッドほか
配給:アンプラグド

(イラスト:水彩作家yukko

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エッセイスト/ライター。エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)刊行。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。書評・著者インタビュー『ダ・ヴィンチWeb』|映画コラム『osanai』|連載『withnews』『婦人公論』|ほか、小説やコラムを執筆。海と珈琲と二人の息子を愛しています。

エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)
https://www.kashiwashobo.co.jp/book/9784760155729