外科医のトリーヴスはある日、見世物小屋で不遇な扱いを受けていたメリックと出会う。メリックの特異な容姿に興味を持ったトリーヴスは、メリックを自身が勤務する病院に連れ帰ることに。
19世紀にイギリスに実在した人物であるジョゼフ・メリックの半生をデイヴィッド・リンチが映像化。主人公のジョンをジョン・ハート、トリーヴス医師をアンソニー・ホプキンスが演じている。
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病気の影響によって、外見に著しい変化を及ぼす症例は枚挙にいとまがない。デヴィット・リンチ監督による映画「エレファント・マン」では、生まれつき重度の奇形を患い、発声や歩行が困難な症状に悩まされる主人公の姿が映し出されている。実在の人物ジョゼフ・メリック(作中のファーストネームは「ジョン」に改変されているため、本稿ではジョンと明記する)の半生を描いた本作は、マイノリティの生きづらさを如実に表現している。
頭蓋骨に大きな変形があり、顔面にも広範囲の腫瘍が広がるジョンは、その影響で鼻と口元が歪み、明瞭な発音が難しい。前頭部には頭髪がなく、背骨も湾曲している。右手にも巨大な腫瘍があるため、右手は思うように動かせない。このように、ジョンが抱える困難は外見による偏見だけにとどまらず、日常生活に多大な支障をきたすほど重度である。
見世物小屋で「エレファント・マン」と名付けられ、人々から好奇と蔑みの視線に晒されてきたジョンは、ある日、ロンドン病院の外科医トリーヴズと出会う。トリーヴズはジョンの症例に深い関心を示し、全身状態の診察をはじめる。頭蓋骨の外骨腫および、乳頭腫増殖と有茎性(ゆうけいせい)の塊など、さまざまな症状を抱えるジョンの姿を学会の人たちに発表したトリーヴズは、ジョンに対する長期の治療と介護を望む。だが、その意思は万人に歓迎されるものではなかった。
ジョンの病気は回復が見込めず、治療費を払える当てもないことが長期滞在を拒まれる最たる理由であった。くわえて、ジョンは人とのコミュニケーションを極度に恐れる傾向があり、知的障害もあると考えられていた。「壁に喋っているみたい」と言い捨てた看護師の言葉は、辛辣だが日常的に接する介護者の本音とも言えよう。だが、実際のジョンは対話力に優れており、かつて読んだ聖書や詩集の内容を暗唱するほど記憶力も高かった。
「怖かったんです。あまりに怖くて、話ができなかったんです」
話せることを隠していた理由について、ジョンはこのように釈明する。この一言だけで、彼がそれまでの人生においてどれほどの不遇を味わってきたかが容易に想像できる。