【ローズメイカー 奇跡のバラ】だから人生はおもしろい

愛されず育った子どもは、どうやって人生の一歩踏み出すか

バラ園のピンチと同時進行で進む物語がある。前科者のフレッドが、育児放棄で子を捨てた母親に会おうと奮闘する話だ(執着と言った方が正しいかもしれない)。

フレッドは母親に会いたい、愛されたい気持ちをぶつけるが、母親がそれに応える気配はない。むしろフレッドの存在をなかったことにしたいように見える。期待が裏切られるたびにフレッドは傷つくが、それでも期待を手放すことができない。その状況を知ったエヴは、フレッドを気にかけるようになる。

エヴがバラに向ける愛と、フレッドが母親に向ける愛には違いがある。エヴのバラへの愛は「父親との愛情関係」という土台あってのものだが、フレッドの愛にはそれがないのだ。

個人的な話になるが、先日、実家に2歳の息子を連れて帰った際、母が幼少期のわたしについて教えてくれた。弟の誕生を機に、赤ちゃん返りが大変だったらしい。その変化が母には鬱陶しかったと言う。口には出さなかったが、その頃、母はわたしのことが嫌いだったんだろうなと思った。

幼少期の記憶はあまりない。だけど寂しさを抱え、母のことばかり考えていたことだけは覚えている。だからフレッドが愛されていないと知りながら執着してしまうのは、なんとなくわかる。何をしているときも寂しさから逃れられず、前に進めないのだろう。

ある子育ての本に、親の存在は子どもにとって「安全基地」だと書かれていた。その言葉がしっくりきた。誰だって安全基地が確保されていないまま知らない世界に出るのは怖い。愛まではいかずとも、少なくとも気にかけてくれる他者は必要だろう。

フレッドには、エヴという「気にかけてくれる他者」ができた。さらにエヴは、フレッドの隠れた才能を見抜いた。匂いでバラを識別できるほどの鋭い嗅覚である。その嗅覚により、バラづくりにも欠かせない存在となったフレッドは、エヴという「自分を気にかける存在」と「自分自身の才能」という、ふたつの居場所を見つけたのだ。

だけど居場所を見つけたからといって、そこに飛び込むのは簡単ではない。フレッドも最初は怖がった。才能を図るため「テストしてみない?」と言うエヴに、「テストでよかったことなんて一度もない」と断るフレッドの表情は、なにかに怯えているようだった。

この瞬間にフレッドを「挑戦しない人間」とみなすことは簡単だ。だけどこの世界には、挑戦するための土台を与えられずに生きている人もいる。自分も他人も信用できない地点から一歩踏み出すことは、もともと土台がある人には想像できないほど怖いことだろう。

だけどエヴは待った。そしてフレッドは踏み出した。
エヴの助言を信じ、努力し、チャンスを掴んだ。簡単なことじゃない。

思い返せば、フレッドは最初からずっと、傷つくことを恐れずに立ち向かっていたのだ。母親に。フレッドは嗅覚だけじゃなく、傷つくことを恐れず人に向かっていける才能も持っていた。その矛先を母親からエヴや自分自身に向け直したことで、人生が動きはじめたのである。

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S H A R E
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フリーライター、エッセイスト、Web編集者、ときどき広報。沖縄に10年くらい住んでます。読書と短歌と育児が趣味。