【悪は存在しない】自分にとっての「許せない」は、絶対悪か否か

過去、緩慢な死を求めて山に入ったことがある。山の中は想像以上に暗く、圧倒的に静かで寂しい。鳥の羽音や小枝が鳴る音に、反射的に体がすくむ。結局私は、その恐怖に耐えられなかった。だが、引き返すのが不可能なほど奥深くに分け入っていたら、おそらく私の目論見は達成されていただろう。

自然は美しい。だが、自然はどこまでも人間に無関心で、それゆえに恐ろしい。自然に身を委ねる以上、命を差し出す覚悟がいる。花と巧には、その覚悟があった。

物事を善悪に分けて考えることができたなら、もっといろんな物事がシンプルに見えるのかもしれない。だが、そうすることで見落としてしまう何かがある。自分が「許せるか」「許せないか」を分けるのは当然として、後者を絶対悪だと断定する危うさについて、ぼんやりと考えている。

まだ輪郭は掴めない。

だが、本作を観る前と後で、明らかに私の揺れ幅は変わった。その変化が良いものか悪いものかも、今は決めたくない。ただ、流れに身を任せる。川の水が、高きから低きに流れるように。そうしたあとに川底に残ったものこそが、私に必要なものであり、本作から拾い上げた欠片なのだと私は思っている。

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■悪は存在しない
監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介
音楽:石橋英子
撮影:北川喜雄
録音・整音:松野泉
美術:布部雅人
照明:秋山恵二郎
助監督:遠藤薫
制作:石井智久
編集:濱口竜介、山﨑梓
カラリスト:小林亮太
出演:大美賀均、西川玲、小坂竜士、渋谷采郁ほか
配給:Incline
公式サイト:https://aku.incline.life/

(イラスト:水彩作家yukko

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エッセイスト/ライター。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。書評『ダ・ヴィンチWeb』|映画コラム『osanai』|連載『withnews』『BadCats Weekly』など多数|他、インタビュー記事・小説を執筆。書くことは呼吸をすること。海と珈琲と二人の息子を愛しています。