あの日、彼女はほんのりとした、でも明確な悪意を持って、学校からぼくを追い出そうとしていた。恋する男の子と長い時間を過ごせるせっかくの機会だったのに、ぼくという邪魔者が前触れなく現れて、彼の隣を占領したから。そのときの彼女は自らの恋のラストチャンスがもっとも重要で、ぼくが数時間かけて自宅に帰ろうがまだコートを必要とする時期に外で一晩を過ごそうが、そんなことに1ミリの関心も抱けなかったのだろう。
でも彼女が突っ掛かってきたのは意外だった。あまり言葉を交わしたことはなかったけれど、どちらかといえばおとなしくて目立たないタイプの子だったから。未曾有の出来事、喫緊に迫る別れ。尋常ならざる場面において、ひとは普段ひた隠しにしていた顔をあらわにするのだと、そのとき身をもって知った。
映画「コンクリート・ユートピア」が炙り出すのも、まさにひとびとの“普段ひた隠しにしていた顔”だ。大震災により崩壊した都市・ソウル。その中でたったひとつ、偶然にも生き残った建造物“皇宮アパート”。住処を失い雨風を凌げる場所を求め、多くのひとびとがアパートに押し寄せてくる。まさに7人の天使がラッパを吹いたあとのような世界が、物語の舞台である。
主人公は602号室に住むキム・ミンソン&チュ・ミョンファの新婚カップルだ。ミョンファは行き場を失った幼子と母親を居候させるなど、物語の中の数少ない“良心”である。対してミンソンは悪人ではないけれど、頼りなく流されやすく、幾分か利己的な側面が見受けられる。居候の親子にもいい顔はしないし、自分とミョンファさえ助かればいいというスタンスだ。
避難民が詰めかけたアパート内は、徐々に秩序を喪っていく。殺傷や放火も起こり始めたため、自治体の方針で住民以外の人間をもれなく追放することが決まった。そこでリーダーを必要とした住民は、902号室のキム・ヨンタクを住民代表に選出する。放火事件の際に危険を顧みず火の海へホースと共に飛び込んだ勇気を買われたのだ。選ばれたヨンタクは、およそリーダーらしくない。拍手の中、おどおどしながら頭を下げる。
しかしながら代表に担ぎ上げられたヨンタクは、次第に狂気を露呈し始める。「1、2、3、アパートは住民のもの!」という掛け声でみなを煽り、先頭に立ち、避難民の追放を成功させる。そこから住民たちのヨンタクへの崇拝が始まる。このアパートだけが唯一崩壊しなかった事実こそ、我々が選ばれた証拠なのだと宣うヨンタクとそれに賛同する住民たちの脳は、選民思想に侵されていく。