【島守の塔】日本が“加害国”でもあることを自覚した上で、戦争反対を叫ぶべきじゃないのか。

「だれかが行かなきゃいけないんだ」と島田は言う。妻とふたりの子を置いて戦場になることが確定している沖縄に出向くことは、きっと島田にとって怖しかったろう。死が待ち受けているのはほぼ確実で、愛する家族とは二度と会えないだろう。

それでも島田が沖縄県知事を引き受けたのは、ほかのだれかに死んでほしくなかったからだ。いつだって彼は自分の死より、他者の死を怖れる。島田は人並外れた勇敢さを持つ超人というより、ある意味では臆病なひとだったのかもしれない。頭の切れる人物であったのは言うまでもないけれど、だからといってこの時代の男性らしくないほど柔和かつ温厚で、柔軟な思考の持ち主だったようだ。

密造酒を県民が呑む場面に遭遇しても、咎めるどころか「仲間に入れてください」などと言い出す。喫緊した生命の危機に張り詰めたひとびとの心をほぐし、娯楽を「無駄」と切り捨てない。“お国”のために自らの命を賭する──死をも厭わない人間は、娯楽を持たない。娯楽を持つのは、生きる選択をした人間のみだ。島田はひとびとに、娯楽を捨てさせなかった。彼は県民を生かすため、知事に着任したのだ。どうにかひとびとを守ろうと奔走する島田は、危険を顧みずに自ら台湾へ赴き米を調達する。県民を本土へ避難させる道は断たれたが、せめて少しでも安全な場所へ導こうと北部への疎開を推し進める。そんな島田を、自然と島民たちは慕うようになる。彼と志を同じくする荒井も、同じく島民たちのために尽力する。

やがて米軍は沖縄へ上陸した。日本軍は何度も襲撃を試みるが、そのたびに玉砕する。兵力はすぐに不足し、その結果なんと軍は一般市民まで招集し始めた。それも、年端もいかぬ子どもたちまで。男子学生は鉄血勤皇隊として、女学生は看護隊として、国に尽くせと命が出された。凛の妹である由紀もまた、病院壕へ派遣される。

司令官の牛島により学徒の名簿を提出するよう命じられた島田は、深夜、防空壕の中でひっそりとそれを開く。たったの13〜4歳の子どもの名前ばかりが、そこに並んでいた。沈痛な面持ちで名簿を閉じる島田は、やるせなさに歯噛みする。まだ声変わりさえしていないような少年たち。幼い子どもまで兵力に取り込む日本軍の残忍さに、胃が焦げついた。おそらく島田もそうだったのだろう。

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S H A R E
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ライター。修士(学術)、ジェンダー論専攻。ノンバイナリー(they/them)/日韓露ミックス。教育虐待サバイバー。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。