映画「島守の塔」は、太平洋戦争末期の沖縄戦を題材にした物語である。県民たちを守ろうと奮闘した当時の知事・島田叡と県警察部長・荒井退造、そして知事の付き人となった比嘉凛(彼女は実在の人物ではない)を中心に、戦禍の沖縄を描いている。
「島守の塔」が公開された昨年の夏、ぼくは都内の劇場でこの作品を鑑賞した。主人公的立ち位置に据えられている凛に、終始いらだっていたのを覚えている。このレビューを書くにあたり1年ぶりに再鑑賞したのだけど、やっぱりぼくは凛に──その口から幾度となく繰り返される主張に、それを育んだ背景に、いらついていた。
凛は戦争教育を受けて育った、生粋の軍国少女だ。米軍上陸は必至という状況下で、自分たちを救うために第32軍が本土から送り込まれると信じている。神風も信じているし、「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すことなかれ」という戦時訓も信じている。心の底から信じている。「神風が吹く」とたびたび唱える曇りなき眼が、ぼくの神経を逆撫でした。つまりぼくが真にいらだちを覚えていたのは、凛本人ではなく、凛の思想をつくり上げたシステムだったのだろう。
凛の信じたものたちは、ことごとく凛を裏切り続ける。十・十空襲により家族のほとんどを喪っても、神風は吹かない。大本営は高齢者や女性(と当時見なされていたひとびと)、そして子どもたちを本土へ疎開させようとするも、その第一弾であった対馬丸は魚雷攻撃であっさりと沈む。アメリカ艦隊は本土近海を取り囲み、米軍の上陸はもはや秒読みだった。しかし沖縄駐屯の日本軍は兵力の大半を台湾に移していたため、少数で立ち向かうしかない。そこで軍は首里城の下にガマ(自然洞窟)を模した防空壕を掘り、そこを拠点に身を潜めながらのゲリラ戦を計画する。
そんな中、前知事・泉守紀の後任として神戸から配属されてきたのが、島田叡だった。島田は打診を受けると、迷うことなく諾と答えた。