【ほかげ】戦争が人から何を奪い、何を壊すのか。戦後も続いた“戦火”の影で生きた人々の絶望と闇を描いた物語

作中の終わり、居酒屋に住まう女性が少年に言う。

「危ないもの、あれは置いていきなさい。持ち歩いちゃダメ。あなたはそんなものを持たないで生きていくの」

力強く、有無を言わさない口調だった。「危ないもの」とは、言わずもがな拳銃のことである。今を生きる子どもたちにも、未来の子どもたちにも、あんなものを持たせてはならない。塚本晋也監督の強い祈りが、この一言に込められているように思えた。

戦時中にとどまらず、戦後も目に見えぬ戦火が燃え盛る影で、多くの人が死んだ。その命のほとんどが、寿命ではなく“奪われた”ものだったのは言うまでもない。暴力、レイプ、貧困、餓死。戦争さえ起こらなければ、守られたはずの人権、穏やかな日常、平和。誰にも奪う権利のないはずのものが、今も世界各地で連日奪われている。

「ほかげ」の漢字表記は、「火影」。戦火の影で生きる人々の暮らしは、「悲惨な過去」ではない。戦争はすべて地続きで、過去の過ちが再度新たな火種を生み、瞬く間に広がる。焼け野原には、何も残らない。

女性が言った「そんなもの」を持たずに、すべての人が生きられる世界。それこそが、正しい姿であると私は思う。銃で対話はできない。血で洗えるものなど、何もない。奪われる命が多いほど、憎しみだけが増える。もう、やめよう。届かなくても諦めない。届くまで伝え続ける。この世界に、「戦争」なんて要らない。

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■ほかげ
監督:塚本晋也
脚本:塚本晋也
撮影:塚本晋也
照明:中西克之
美術:中嶋義明
美術デザイン:MASAKO
衣装:佐々木翔
ヘアメイク:大橋菜冬
編集:塚本晋也
音楽:石川忠
出演:趣里、森山未來、塚尾桜雅、河野宏紀、利重剛、大森立嗣ほか
配給:新日本映画社
公式サイト:https://hokage-movie.com/

(イラスト:水彩作家yukko

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S H A R E
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エッセイスト/ライター。エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)刊行。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。書評・著者インタビュー『ダ・ヴィンチWeb』|映画コラム『osanai』|連載『withnews』『婦人公論』|ほか、小説やコラムを執筆。海と珈琲と二人の息子を愛しています。

エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)
https://www.kashiwashobo.co.jp/book/9784760155729