【ほかげ】戦争が人から何を奪い、何を壊すのか。戦後も続いた“戦火”の影で生きた人々の絶望と闇を描いた物語

フラッシュバックのトリガーは、人によりさまざまだ。帰還兵の男性の場合は、拳銃の発砲音や爆撃の音に近いものすべてが恐怖の対象だった。無理もない。その音と共に、大勢の人が死ぬのを何度も見たのだ。同じく、己が引いた引き金が相手の命を奪う瞬間も、幾度となく目の当たりにしたのだ。私には、そういう体験がない。だから、想像することしかできない。だが、フラッシュバックの恐ろしさは身をもって知っている。

私自身、複雑性PTSDを患う当事者である。発症原因は、両親からの虐待。主に実父からの性虐待によるトラウマが強く、悪夢やフラッシュバックは未だに続いている。両親の元から逃れ、20年以上が過ぎた。それでも、恐怖はやまない。追いかけてくる記憶は、映像、臭い、空気感、音のすべてを伴い、何度でも再現される。フラッシュバックは、「思い出す」などという生易しいものではない。実父が自分に重なり上下に動く映像が、突如眼前に迫ってくる。それほどの脅威を伴うものでありながら、いつ訪れるかはコントロール不可避。挙げ句、トリガーは日常のあらゆるところに潜んでいる。

トラウマを抱えた帰還兵が起こした事件は、現実でもセンセーショナルに報道される。だが、その裏側にある「戦争がもたらした深い傷痕」に正面から向き合う人が、果たしてどれほどいるだろう。本作では、戦争がいかに人間の心を砕き、日常を奪うものかを伝えるところに重きが置かれている。自分が当事者だというのもあるが、「複雑性PTSD患者は危険人物」のような誤認が広まってほしくない。真に恐ろしいのは、我を忘れるほどの恐怖に駆られる人間を生み出した罪──「戦争」そのものである。

森山未來演じる片腕が動かない謎の男もまた、戦争という大罪が生み出した被害者だった。彼には、「成し遂げたい悲願」があった。その願いは犯罪に値するもので、決して肯定できる行いではない。だが、彼の行動を「悪」と決めつけてしまえるほど、私は強い人間ではない。やり場のない憎しみが自分の中で膿んでいく。その膿が破裂したとき、彼と同じ決断を下す人間は、世間が想像するよりもはるかに多い。

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S H A R E
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エッセイスト/ライター。エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)刊行。PHPスペシャルにエッセイを寄稿。書評・著者インタビュー『ダ・ヴィンチWeb』|映画コラム『osanai』|連載『withnews』『婦人公論』|ほか、小説やコラムを執筆。海と珈琲と二人の息子を愛しています。

エッセイ集『いつかみんなでごはんを——解離性同一性障害者の日常』(柏書房)
https://www.kashiwashobo.co.jp/book/9784760155729