こう書くと、彼らがまるでとくべつ粗野な人間みたいに思えるかもしれない。
しかし実際は違う。驚くべきことに、知性と教養を兼ね備えたごく一部の「男性」たちもまた、しばしばぼくたちを平気で“モノ“扱いするのだ。染みついた習性みたいに、呼吸のように。そして彼らは、自らが「差別者」であるなどとは思いもしない。階級や家父長制の頂点に君臨していて、己の特権にどこまでも無自覚でいられるから。士業であるぼくの父のように。村の長のように。そして、巨大な白い蛾みたいな扇子で顔を仰ぎ続けていた男性のように。
彼らが己の振る舞いにとことんまで頓着しないのは、自分の価値を査定される機会を持ったことがないからだ。自らが迫害や侮蔑の対象になるだなんて、考えたことさえない。彼らは、他者の痛みを理解しない。悪気なく、無邪気に、ぼくたちを踏みつける。やっとの思いで当事者が振り絞った声には狼狽し、挙げ句の果てに「そんなつもりじゃない」「こんなことで傷つくほうがおかしい」などと宣うのだ。履かされている下駄に気づかず、自分の認識を疑わず、視野の外にある景色を「無いもの」として扱う。
ぼくの親父にも、親族にも、伊兵衛にも、村人たちにも、白い扇子の男性にも、たしかに事情はあった。でもだれかの権利や尊厳や生命より優先される「事情」なんて、存在していいはずがない。
ぼくは、凛は、人間だ。“モノ”ではなく、生命を持っている。ぼくたちは尊重されるべきで、自らを踏みつける相手を見限っていい。だれにもこの身を支配させてはいけない。凛が瞳の奥にゆらめかせていた、あの生命の炎をぼくは忘れない。
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■山女
監督:福永壮志
脚本:福永壮志、長田育恵
プロデューサー:エリック・ニアリ、三宅はるえ、家冨未央
撮影:ダニエル・サティノフ
照明:宮西孝明
美術:寒河江陽子
衣装:宮本まさ江
録音:西山徹
整音:チェ・ソンロク
編集:クリストファー・マコト・ヨギ
音楽:アレックス・チャン・ハンタイ
出演:山田杏奈、森山未來、永瀬正敏、二ノ宮隆太郎、三浦透子、山中崇、川瀬陽太、赤堀雅秋、白川和子、品川徹、でんでんほか
配給:アニモプロデュース
(イラスト:Yuri Sung Illustration)