【幻滅】目先の快楽と自らの矜持を、天秤にかけずとも生きていけたなら

そうしてリュシアンは毎晩のように享楽的なパーティに通い、売春婦を両脇に侍らせるようになる。天賦の才で瞬く間にのし上がっていくリュシアンは、以前とは打って変わって即物的な生活を送るようになっていく。いつか自身を切り捨てたルイーズやその周辺を見返してやるのだと、野心を胸に秘めて。そんな折、依頼された芝居の批評を書くために大衆劇場を訪れるのだが、赤い靴下を履いた肉付きの良い蠱惑的な女優・コラリーに心を奪われる。

コラリーもまた、刹那的な生き方をする若者だった。彼女はまだ10代で、15歳のときに母親に売春宿へ売りに出されたという。まだ発育しきっていない未熟な身体への負荷のせいか、結核を患っていた。長く生きられないことを悟っているからか、リュシアンと同棲し始めると、コラリーは彼が求めるだけ貢ぎ続けるようになる。

パーティのための一張羅、上等な背広。上流階級の貴族たちに一泡吹かせて成功したいと野望を抱くリュシアンのため、ついには借金をしてまで望みを叶えてやる。そして競合紙と合併しエティエンヌが編集長の座に着き、ますます勢いづく自由派「コルセール・サタン」紙で、リュシアンは筆を走らせ続ける。

コラリーを心から愛しているはずなのに、リュシアンはそのことについて信じられないほど無頓着だ。コラリーが差し出せば差し出すだけ、金を使い尽くしてしまう。自らの虚を埋め、慰め、愛し、抱きしめるコラリーを一方的に搾取するその様は、かつてのルイーズと重なった。

老いた夫に愛されず、満たされない日々を送る薄幸の人妻。リュシアンで寂しさを紛らわせていたルイーズは、彼といることで社交界の地位が危うくなることを悟った途端、にべもなく突き放した。つまりルイーズも、リュシアンを一方的に搾取していた。そして搾りかすになった彼を、右も左もわからぬ世界へ置き去りにする。

リュシアンが劇場主を買収しコラリーをラシーヌの芝居のヒロインに抜擢させるよう手引きしたのは、罪滅ぼしなんかじゃない。「場末の売春婦上がりで成功を収めた女優」の恋人がほしかっただけなんじゃないか。自らと通ずる背景を持つコラリーをたしかに愛しているけれど、真にコラリーの女優としてのキャリアを慮ったゆえの行動ではないと言い切ってしまうのは、穿ち過ぎか。しかし衷心からの愛情であったならば、コラリーの病状をもっと気にするだろう。コラリーに一方的に養われている現状について憂う様子もなければ、彼女の持病を少しでも改善しようと医師を訪ねて回ることさえしない。

結局のところ、リュシアンがなにより重きを置いていたのは、自らの地位と名誉それのみだったのだ。ついに生活が立ち行かなくなったことに危機感を覚えたコラリーは、意を決してリュシアンの元恋人・ルイーズに会いに行く。リュシアンに爵位を与えてもらえるよう、正式に「ド・リュバンプレ」の姓を名乗れるよう、手引きしてもらうために。

「彼を愛しています」とコラリーは言う。ハリのあるふっくらとした頬はわずかに朱が差していて、若々しく、いっそ幼い。ルイーズのこけた頬とは、まるで正反対だ。けれどもルイーズは透き通るほどに美しい。リュシアンがパリに駆け落ちするまで愛した貴婦人へ、コラリーは羨望のまなざしを隠さない。「あなたが羨ましい」と率直に自らの気品と美貌を讃えるコラリーは、リュシアンを取らないでと懇願する。

純真なコラリーの瞳に気圧されたルイーズは、自らのせいでリュシアン──ひいては彼女を不幸にしてしまったと罪悪感を覚えたのだろうか。法務大臣に話を通し、リュシアンを引き合わせる。爵位がほしいのなら王党派への攻撃をやめるよう忠告されたリュシアンは、恐ろしいほどにあっさりと寝返った。

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S H A R E
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ライター。修士(学術)、ジェンダー論専攻。ノンバイナリー(they/them)/日韓露ミックス。教育虐待サバイバー。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。