【線は、僕を描く】水墨画と音楽、繊細な芸術たちに宿る魂

横山氏の音楽は、まさに水墨画だ。

水墨画は水と墨を使い、指先の機微で描く極めてデリケートな芸術である。わずかな震えや筆致ひとつにも魂が宿り、書き手の心と共鳴して生まれる。

私が横山氏の音楽を聴いてまずイメージしたものは、水だった。澄んだ川の流れのような響きで、その中に岩とぶつかる際に生まれる飛沫に似た力強さがある。かつ、奏者の手に委ねられ、二度は同じ音の生まれない繊細な弦楽器のビブラートが、イメージをさらに増幅させる。ゆえに、水と墨を使い、筆先から微細かつ隆々とした絵を生み出す水墨画と音楽が重なった。一見性質の違うふたつの芸術が、双方の魂をぶつけ合い、2本の琴線が溶け合うような調和を生んでいた。

物語が進むにつれ、霜介は水墨画家の巨匠である篠田湖山に見初められ、弟子入りを勧められる。彼が率いる湖山会の面々にも出会うことになるのだが、湖山の一番弟子である西濱が霜介に伝えた言葉が印象に残った。

「水墨画っていうのは、目に見えないものを形にするものでもあるんじゃないかな」

私はこの言葉を聞いて、画だけでなく、音楽もその中のひとつに入るのではないかと感じた。西濱は自身の描く水墨画を抽象的と表現したが、音楽という芸術も無形のものであり、聴く者が想像するイメージに委ねられる。横山氏の音楽を聴いて、音楽というものは人の心と共鳴し、1枚の大きな白い紙の上に描かれる画に似つかわしいものなのではないだろうかと強く感じた。真剣なまなざしで線を書き足していき、やがて入魂の画が出来上がっていくのを見守るように奏でられる音楽もまた、1枚の画と同じくらい魂が宿ったものなのだ。

エンドロールに差し掛かり、滲んで浮かび上がる水墨画と横山氏の紡ぐ「My Colors」が流れるのを見つめ、そして聴いている時、胸の奥深くが静寂に包まれた湖面のように凪いで、澄んでいくのを感じた。

形が無く、触れない。匂いもしない。けれど、だからこそ音楽は、心の中に“描かれる”もの。私は本作の音楽を聴いて、確かに墨の匂いや、花の芳しい匂いを感じた。

音楽が創り出した心の中の表象と合わさって、目に見えるものは更に色を増し、美しく見える。

「線は、僕を描く」は観た者の感覚に訴えかける、深度を湛えた多様な美しさに溢れた映画だ。

まっさらな白い紙を前に座り、そこにどんなものが描かれ、生きるのか。心の中に描いた桜の木をいつまでも色褪せさせず、荒々しくも心のままに描いた時の気持ちを忘れないまま胸に抱き、季節が巡る日々を過ごしていきたい。

──

■線は、僕を描く
監督:小泉徳宏
原作:砥上裕將『僕は、線を描く』
企画:北島直明
プロデューサー:北島直明、巣立恭平
脚本:片岡翔、小泉徳宏
音楽:横山克
水墨画監修:小林東雲
主題歌:yama「くびったけ」
出演:横浜流星、清原果耶、細田佳央太、河合優実、矢島健一、夙川アトム、井上想良、富田靖子、江口洋介、三浦友和ほか
配給:東宝

(イラスト:Yuri Sung Illustration

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日芸文芸学科卒のカルチャーライター。現在は主に映画のレビューやコラム、エッセイを執筆。推している洋画俳優の魅力を綴った『スクリーンで君が観たい』を連載中。