【リコリス・ピザ】ハロー、ゴージャス。ハロー、ハンサム。

「リコリス・ピザ」のような原風景

物語は、1970年代。ハリウッド近郊、サンフェルナンド・バレー。監督を務めたポール・トーマス・アンダーソンが現在住んでいる地域であり、主人公を演じたアラナ・ハイムの出身地でもある。

そこでひとつの問いが生まれた。

「リコリス・ピザ」のような映画を日本で撮ることは難しいのか。

日本人だからといって、日本にこだわるほど自分の国籍に拘泥しているわけではない。だけど心のどこかに眠っている(と思い込んでいる)、「リコリス・ピザ」のような原風景は、そこかしこにあるのではないだろうか。

札幌に、苫小牧に、盛岡に、宇都宮に。松本に、金沢に、津に、神戸に、荻に、熊本に、都城に、あるいは那覇に!

そんな問いを立てること自体が、野暮だとは分かっている。これから「リコリス・ピザ」の焼き直しのような作品を目にするたびに、「こうじゃないんだ」と嘆息することになるのは、火を見るより明らかで。

ハロー、ゴージャス。ハロー、ハンサム。

出会って別れてを繰り返す、若者の群像劇。

ただそれだけの舞台設定に心酔してしまったのは、補正なしのドラマが流れていたからだ。「すげえよ、アラナ!ハードコアだよ!ハードコア・アラナ!すげえ、生きてる!」なんて、ゲイリーは二度と叫びはしない。二度と口にしない言葉を、大人というものは、過去に置き去りにするのだ。

バカでどうしようもなくて、無遠慮に他人を傷つけてしまった、あのクソ野郎みたいな時代。ほんの一瞬が、僕にも確かに与えられていたのだ。

ハロー、ゴージャス。ハロー、ハンサム。そんなこと、僕は昔言っていたような気がする。自分の記憶を美しく塗り替える、そんな悪魔のような効用が「リコリス・ピザ」にはある。

きらきらとしたワンシーンを切り取ること。「リコリス・ピザ」とは、たったそれだけの映画ともいえる。小手先で補正されることのない、野生味たっぷりの素材を存分に楽しめば良い。

──

■リコリス・ピザ(原題:Licorice Pizza)
監督:ポール・トーマス・アンダーソン
脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
キャスティング:カサンドラ・クルクンディス
音楽:ジョニー・グリーンウッド
衣装デザイナー:マーク・ブリッジス
編集:アンディ・ユルゲンセン
美術:フローレンシア・マーティン
撮影:マイケル・バウマン、ポール・トーマス・アンダーソン
エグゼクティブ・プロデューサー:ジョアン・セラー、ダニエル・ルピ、スーザン・マクナマラ、アーロン・L・ギルバート、ジェイソン・クロス
プロデューサー:サラ・マーフィ、ポール・トーマス・アンダーソン、アダム・ソムナー
出演:アラナ・ハイム、クーパー・ホフマン、ショーン・ペン、トム・ウェイツ、ブラッドリー・クーパー、ベニー・サフディほか
配給:ビターズ・エンド、パルコ

(イラスト:Yuri Sung Illustration

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