【PLAN 75】冴えわたる心、自由な思考

そうだ、人間の感情は単純じゃない

2つ目に、セリフが少ないことも、余白の美しさのファクターといえるだろう。本作では明快な論が言語化されて突きつけられることは決してない。だからこそ、私たちは自分の思考で考えずにはいられなくなる。セリフは少ないものの、役者の方々は表情や立ち居振る舞いで感じさせる。戸惑いと、不安と、哀しみと、恐怖と、怒りと、希望と。一つひとつの表情に、仕草に、その瞬間のいくつもの感情が現れている。そうだ、人間の感情は単純じゃない。と、あたりまえのことに深く気づかされる。

そして、3つ目。作中のいくつかの象徴的な事柄について、「その後」が描かれなかったのも印象的だった。あの後、彼らはどんな表情をし、どんな行動をとったのだろう。気になるシーンがたくさんある。ふだんの私なら、映画における「考えさせられてしまう」「答えがない」のが苦手だ。作品と向き合わざるを得ない状況に追い込まれた気がしてしまうから。つい思考を遮断し、一刻も早く安心できる現実世界に戻りたくなってしまう。けれども今回は、シーンのその先を自然と想像したくなったし、その余白を心地よく感じた。1つ目、2つ目に挙げた美しい余白の演出によって、自発的に想像したくなる態勢を徐々に整えられたことが要因かもしれない。

問いつづけ、模索しつづける

このように細部までこだわって設計された美しい余白により、私にもいくつもの問いが生まれた。なかでも、鑑賞後も何度も頭の中でリフレインされ、考えを巡らせてしまったのは、主人公ミチが不動産屋を訪れるシーン。

ミチは、住んでいるアパートの取り壊しが決まり、新しい家を探しに行く。しかし、無理な条件を提示され、しまいには生活保護を勧められてしまう。「もう少し、がんばれるんじゃないかと思って」絞り出すように彼女は言う。

生きたいと思い、懸命にもがく彼女に対し、不動産屋の男も社会もあまりにも無関心だ。<プラン75>という制度により、居場所や選択する権利がどんどん失われていく恐怖。それでも生きたい、という思い。これは決してフィクションではない。胸が苦しくなった。命とは役に立つか、立たないか、ではない。けれども、そうなりかねない社会。問題の本質は、どこにあるのだろうか。

映画館の観客は、高齢の方の比率が高かった。この作品を観て、どのように感じたのだろうか。また、自分が75歳になった時、世界はどうなっているのだろう。状況が急に良くなることは、きっと難しいだろう。それでも、今日より明日がひとつ良いほうへ進むといい。そして、そのためにできることを模索していきたい。心から、そう思った。 いくつも、いくつもの問いに対し、明快な答えは見つかっていない。けれど、美しい余白が、私の中の何かを確実に動かした。そういう映画だった。

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■PLAN 75
監督:早川千絵
脚本:早川千絵
プロデューサー:水野詠子、ジェイソン・グレイ、フレデリック・コルヴェズ、マエヴァ、サヴィニエン
コプロデューサー:アレンバーグ・アン
音楽:レミ・ブーバル
撮影:浦田秀穂
出演:倍賞千恵子、磯村勇斗、ステファニー・アリアン、たかお鷹、河合優実、大方斐紗子、串田和美ほか
配給:ハピネットファントム・スタジオ

(イラスト:Yuri Sung Illustration

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S H A R E
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東京在住。コピーライター。好きな映画は「ファミリー・ゲーム/双子の天使」「魔女の宅急便」。