【ベイビー・ブローカー】産む、生まれたことへの葛藤

ベイビーブローカー osanai

諸事情のために赤ちゃんを育てることのできない人が、匿名で子どもを託す「赤ちゃんポスト」。母親に捨てられた赤ちゃんをめぐり、ブローカー、実の母親、刑事などが、それぞれの事情を抱えながら物語が進んでいく。
監督は「万引き家族」の是枝裕和。本作で主演を演じたソン・ガンホは、第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で、韓国人初の最優秀男優賞を授賞している。

──

川上未映子さんの小説『夏物語』を読んだ時、果たして、子どもを産むことは「苦しみに引きずりこむ」ことなのかと考えさせられた。

主人公・夏子は性行為に対する嫌悪感を持っているが、子どもを産みたいという願望から第三者からの精子提供による出産を考え始める。

だが、SNS精子提供をはじめとする公的でないルートには、多くの「課題」がある事実も知ることになる。夏子は、本当の父親を知らずに育ってきた苦悩や、生まれてきたこと自体に葛藤している人々と出会う。

産むことは”親のエゴ”だけだろうか

『夏物語』には、精子提供によって生まれ、育ての親から性的虐待を受けてきた百合子という女性が登場する。彼女は産むという行為に対して「生まれてきたいなんて一度も思ったこともない存在を、こんな途方もないことに、自分の想いだけで引きずりこむことができるのか、わたしはそれがわからない」と正直に吐露する。

出産は「親のエゴ」だと否定する百合子。彼女の苦しみは理解できるが、一概に同情を寄せて良いものかどうか、複雑な気持ちを抱いた。

映画「ベイビー・ブローカー」と『夏物語』には重なる部分が多い。公的ではないルートを頼って子どもを欲する養父母、出自が分からず生まれてきてよかったのか悩む人たち。どの人も産むことや生まれてきたことへの葛藤を感じている。

韓国・釜山の教会に設置された赤ちゃんポストに若い母親・ソヨンは息子を預ける。

子どもを産んだこと。赤ちゃんポストに預けたこと。自らの行動に戸惑い、何度も悩むソヨン。赤ちゃんポストに「迎えに来る」と手紙を添える一方で、息子の世話をする時は愛情をかけることを徹底的に避けようとする。彼女の姿、表情から葛藤が痛いほど伝わってきた。

決して愛情をかけたくないのではなく、産んだことへの決意と苦しさの間で揺れているのではないだろうか。「産みたい」という一面的ではなく、複雑に絡み合った感情がシーンごとに表出する。

「それでも、生きてきてよかった」と思ってほしい

ソヨンが共に旅を続ける一人一人へ「生まれてきてくれてありがとう」と言葉にするシーンがある。そこにはあるのは、単純に「ありがとう」と思う気持ちだけではない。その場にいた全員がそう思えずに生きてきた複雑な感情が読み取れる。

ソヨンの言葉は苦しみや孤独感に対して、「それでも……」と切実に生まれたことを肯定する言葉だ。

産むという行為は、生まれてくる子どもを一方的にこの世へ引きずりこんでいるわけではない。誰しも「産んでよかった」と感じるだけでなく、様々な葛藤を抱えている。その葛藤の中で、子どもへ愛情を注いでいるはずだ。

旅の間も、その後も、周囲の大人からソヨンの息子に愛情が注がれていく。人生の中でどうしても出自のことで思い悩んだり、生きていることに苦しむ瞬間はどうしても訪れる。

そんな時も、自らに愛情を注いでくれる大人たちとのふれあいを思い出して、希望を持ってもらいたい。「それでも、生きてきてよかった」と思える人生を送ってほしい。

そんな想いを反芻しながら、映画館を後にした。

──

■ベイビー・ブローカー(原題:BROKER)
監督:是枝裕和
脚本:是枝裕和
制作総指揮:イ・ユジン
プロデューサー:ソン・デチャン、福間美由紀
共同プロデューサー:ユン・ヘジュン
撮影:ホン・ギョンピョ
音楽:チョン・ジェイル
出演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨンほか
配給:ギャガ

(イラスト:Yuri Sung Illustration

S H A R E
  • URLをコピーしました!

text by

走る文筆家。メディア運営や文章を書く仕事をしながら、市民ランナーとして走り続けています。